パーフェクト・グラデーション



 7月19日、午後2時21分。あたしは聞いたこともないようなローカル線の列車に乗っていた。
別に行き先とか全然決めてなくて、お金とかもないし、旅行するような荷物とかもまとめずに家を出
て、気付いたら列車に乗っていた。そんな感じ。
 明日から夏休みだ、と思ったら無性に家を出たくて。それよりもあたしがずっと趣味で続けてい
た写真を、もっと深く、ただそれだけに専念したくて。
だからあたしは、お弁当屋のバイトで貯めたお金で買ったキヤノンの高画質デジタルカメラと、ソ
ニーのデジタルビデオカメラだけをバッグに詰めて、家を出た。そして、デジタル画像を編集する
ために必要なパソコンを持ってくるのを忘れたことに気付いて、もう一度引き返した。カメラの次に
必要な、バイオのモバイルだけは忘れていくわけにはいかなかった。
 ローカルを走る列車はボックス席が主体だ。たぶん車内が満席になることなんてないから、ゆっ
たり長時間過ごしやすいように、という配慮なんだろうか。あたしは効率が悪いな、とか思いながら
ボックス席に足を伸ばしながら横座りをしていた。流れていく窓の外の絵はずっと緑だ、緑と緑と
緑と、緑ばかりだ。そういう景色にあたしは癒されるとも癒されたとも思わない。でもそういう変わ
り映えのない景色は嫌いじゃない。
 景色の7割が緑で残りは青と白。青は空で白は雲。自然が勝手に作ってくれるコントラストは美
しい、と思う。でも、特別感動するとか涙が出るぐらい影響力を持つ光景ではない。でもそういった
景色には、生茶というお茶が良く合う、と思った。あたしはぼんやりと、流れていく景色を眺めなが
ら、こんなことだったらMDでも持ってくれば良かったな、と思っていると不意に自分のすぐそば
で、ねえ、いいかな? という少し強めの口調で発せられた女性の声が聞こえた。
 驚いて声の方を振り向くと、長い髪と華奢な体の女の人があたしを見つめていた、その人は大
きなバッグを重そうにひとつだけ手にぶら下げて、どうなの? と問い詰めるような強い瞳であたし
の全体をとられていた。あたしはその人の不屈の精神を感じる瞳に気後れしながら、はい、と答え
るとその女の人は面倒くさそうに、じゃあ、座らせてもらうよ、と言って重そうなバッグを足下にいか
にも重そうにドサリ、と置くとボックス席のあたしの向かいに対角線上に座り、何にもないわね、とあ
たしに声をかけてきた、あたしはこういう人とはどう喋ればいいんだろうとか思いながら、田舎です
からね、と答えるとその人は、若いのにこんな田舎に旅行? ひとりで? とあたしの顔を覗き込
むようにして尋ねてきたので適当に、ええ、とか、まあ、とか答えていると、あなた変わってるわね、
と笑って想い出したようにモゾモゾと自分のスリムジーンズのお尻のポケットに手を入れ、何をして
いるのかと思ったら潰れたマルボロの煙草の箱を取り出して、煙草吸わせてもらうよ、と言ってヨレ
ヨレになった煙草を口にくわえた。
 あたしは、禁煙車みたいですよ、と声をかけるとその人はあたしを見つめながら、なあに、何か
言った? と視線を合わせながら首を傾げた。あたしはドキッとしてしまって咄嗟に、何でもない
です、と答えるとその人は、あなた煙草嫌い? じゃあやめておくね、と言ってヨレヨレになった煙
草を潰れた箱に押し込んだ、煙草のフィルターには真っ赤な口紅の跡がついていて、とてもいや
らしくてセクシーで、そして美しかったのでついあたしは写真におさめたい、と思ってしまった。
 女の人は煙草が吸えないせいなのか、つまらなそうな顔をしながらあたしに、高校生? と尋
ねてきたので、ええ3年生です、と答えると不思議そうな顔をして、じゃあ、もっと他に面白そうなこ
ととかあるんじゃない? と言って足を組み直しながら両足の足首から先を絡めるようにして器用
に動かして、真っ赤なハイヒールを脱ぎ捨てた。脱ぎ捨てられたハイヒールは恐ろしく鋭くて踵も
高かったので、よく足が疲れないな、と思いながら、どこに行くとかあてはないんですけど、写真が
撮りたくて、と呟くように答えると女の人は、風景でも撮るの? とあたしの手元を見ながら言った。
 あたしはどうしようかなと思いながらも、別に被写体は風景でも人物でも動物でもいいんです、
あたしが撮りたいと思ったものがそのときの、あたしのベストな被写体になると思うんです、と答える
と、それじゃあさ、私を撮りなよ、私さあ凄く暇だからあなたの旅行につきあってあげるから、と言っ
てあたしに再び、どうなの? と問い詰めるような視線を投げかけて首を傾げた。あたしは困った
な、と思ったけど別に目的もないし被写体になってくれるならそれでいいや、と思いながら、でもあ
たし目的とか行き先なんて決まってませんよ、と答えると、それはあなたが決めていけばいいんじ
ゃない、私はあなたにつきあうだけだからあなたの目的なんて関係ないわよ、と言って笑った。
その人は鋭くて強い表情をしているのに、笑ったときだけは猫のように可愛くて、幼くて、屈託がな
くて、つい写真に収めたいな、と思ってしまった。
 女の人は、あなた旅とかしたことないでしょう? と突然呟くようにあたしに言って、そして可笑し
そうに笑った。あたしは、何故ですか? と尋ねると、そんなのすぐにわかるよ、だってあまりにも
荷物が少なすぎるわよ、と言ってあたしの大きくはないバッグを指差した。どうしようもないぐらい膨
らんだ荷物を持っているヤツと、あまりにも荷物が少なすぎるヤツは、旅慣れていないっていうマ
ークじゃない、女の人はそう言いながら、旅がしたいならもう少し荷物をまとめてくるべきだったんじ
ゃないの、と呆れたように笑った。
 あたしは、ただ写真を撮ることと、家を出て遠くに出かけることしか考えていなかった、と女の人
に話すと、無謀だね、お金が尽きたらどうするわけ? 地図とかもなくてひとりで歩けるの? カメ
ラはいざというときあなたを助けてなんて、くれないわよ、とあたしを睨んで、やっぱりあなたひとり
じゃ旅はできなそうね、私が最後までつきあってあげるから、と溜息をついた。その溜息は失望の
ようにも、または安堵のようにも、どちらにも取れる長い溜息だった。そして、しばらく女の人と会話
はなかった。
 あたしは会話が途切れてからずっと、相変わらず窓の外を眺め続けていた。その間も女の人は
足が疲れているのだろう、ヒールを脱ぎ捨てた足を手に持ってマッサージしたり、綺麗に黒く塗ら
れ爪先が短く整えられた手足の指に目を落としたり、そして、たまにあたしを顔を見つめたりしてい
た。女の人の方から話しかけてくることはなかった、あたしが話しかけない限りいつまでたってもこ
のままだろう。
 あたしは意を決して話しかけてみることにした。初めてあたしから会話を振るのだ、緊張するしな
んて声をかけようかと迷ったけど、質問するのが一番だろうと思い、お姉さんも旅行ですか? と
声をかけてみると女の人は一瞬、不思議そうな表情をして、ああ、名前まだだったね、私のことは
ナオキでいいから、そう言ってから、私の場合は旅とはちょっと違うと思う、と付け足すように答えて
くれた。
 あたしは、どういう意味なんだろう、と思いながら、あたしは水口京子っていいます、と名前を告
げそして、ナオキさんって格好いいですけど、モデルさんとか何ですか? と尋ねると、「さん」と
か付けなくていいよ、ムカツクから、と呟いて、モデルじゃないよ、京子には縁がない仕事じゃない
かな、と言いかけて、ああ、ごめんなさい、京子さんにはあまり馴染みがない仕事だと思うよ、と言
い直した。あたしも「さん」付けじゃなくていいですよ、と言うと、悪いね、と笑って、たぶんそのうち
私のことを話すと思うよ、今はお楽しみにでもしておいてよ、と髪を掻き上げながら、ね? と同意
を求めた。
 あたしはその言葉の頷きながら、あたしに縁がないっていうのは、馬鹿にされているんだろうか、
それとも本当に縁がない仕事なんだろうか、とか、あたしに縁がないっていうんだからテレビに出る
人なのかも知れない、と思って、それならばあたしには縁がないな、と笑ってしまった。
ナオキは、急に笑ってどうしたの? と不思議そうにあたしの顔を覗き込んで、暑いから壊れたか
な? と呟いていた。
 ナオキはあたしには色々聞いてくるのに、自分のことはあまり話してはくれない。色々聞いても
最終的には、いずれわかるよ、とか、後で教えてあげるよ、と答えるだけで何をしているどんな人
か、何てことは一切わからなかった。あたしにわかることというのは、あたしに興味を持っていて、と
ても綺麗で、素性が知れなくて、どこか怖いところを持っている、ということだけだった。もしかした
ら、怖いヤツなのかも知れない、と思うととても、目を見て会話ができなくなる。
 ナオキは勘が鋭いのか、あたしの変化をすぐに読みとって、急に視線を逸らすようになった、何
を考えてるの? と尋ねてきた。あたしは、何も、別に、と答えると、京子のことを怖がらそうと思っ
て何も教えてあげないわけじゃないよ、たぶんあなたが引くと思うから、そう言って自嘲的に鼻で
笑った。もしかしたら、ナオキにとって仕事の内容とか、そういったことを聞いてはいけなかったの
かも知れない。私はもしそうならば、とても悪いことをしてしまった、と思った。あまりあれこれ聞かな
ければ良かった。
 ナオキは苛ついたような様子で座席の一部に、足の裏を押し当てたり離したり、足をブラブラさ
せている。ナオキの苛立ちはあたしが原因なのかも知れない、あたしは気付かれないようにナオキ
やナオキの大きなバッグに目を遣っていると、仕方ないね、あなたが引いたりしないんなら、私の
バッグを開けて中を良く見てごらん、私の仕事内容ぐらいはわかると思うわよ、そう言ってあたしの
膝を足の指先でつついた。でも、そう言われたところで、他人のバッグを覗くようなことはためらわ
れる。あたしはナオキに、それはちょっと、と答えると、いいよ、覗いたって構わないから、仕事の道
具ぐらいしか入っていないはずだから、と言って「あたしの手を握り、手を取ったままバッグのジッ
パーに手をかけさせ、そしてジリジリとジッパーを開けさせた。
 バッグは口を開けると、不思議な匂いをあたしに感じさせた。革ジャンのような匂いにも似ている
しバスケットボールのような匂いもした、それよりも消毒用のアルコールの匂いが鼻についた。
バッグの中にはよくわからない形状の道具がぎっしりと詰まっていた。不思議な匂いはそれぞれの
道具が発する匂いだった。あたしはその無数の道具自体、実際に見るのは初めてだったけどどう
やって使うのかはすぐにわかった。赤や黒の長細い棒状の道具はバイブレーターだし、革のベル
トと鎖を組み合わせたものは、色々な用途に合わせて出来ている枷だ。赤と茶色の紐はロープと
縄。赤い蝋燭とオレンジ色のパーティーで使うような蝋燭。赤い穴が空いたボールがくっついたベ
ルトのようなもの、首輪のようなもの。いくつもの小さなポーチ。あたしはナオキの仕事が、わかった
気がした。充分にわかったつもりだった。
 ナオキは満足そうにあたしを眺めて、どう、わかった? そういう仕事なの、私がこの電車に乗
っている目的は、遠距離調教っていうお仕事なわけ、そういって可笑しそうに声を立ててケラケラ
笑うと、それでも一緒に旅行できる? と突然、真面目な表情をしてそう尋ねてきた、尋ねるという
よりも詰問。尋問だ。
 あたしは、ナオキは女王様なんですか? と、小さく呟いた。ナオキは、質問の答えじゃない
ね、一緒に旅が出来るか出来ないか、まずは答えて、その後でしょう? その質問は、あたしはそ
の言葉に、大丈夫です、あたしの旅につきあってください、そうとだけ答えた。ナオキが何者でも、
あたしは初めからナオキと旅をするつもりになっていた、だから。ナオキはそんなあたしを見つめ
て、良かった、と言って微笑んだ。ナオキにとって何が良かったのか、それはわからない、ナオキ
にとって都合が良い、と言う意味かも知れない、でもあたしはナオキが良かった、と言ってくれて何
だか救われた気がした。ナオキは、私は京子の言うとおり、女王様だよ、でもね、今は商業女王様
じゃあないんだ、こんなこと言ってもわからないよね、そう言ってあたしの髪を撫でるようにしてナオ
キは、この次の駅で降りるからね、そうあたしの耳許に囁いた。

 7月19日、午後3時19分。ナオキが降りると言った次の駅に到着した。
到着した駅は西垣駅という小さな木造の田舎駅だった。それでも特急が止まるぐらいだからそれ
なりに利用者は多いんだろうけど、それでも駅の構内と呼ぶにはあまりにも質素すぎる場所に、売
店などはなかった。
 ナオキは大きなバッグをぶら下げて、暑いなあ、冷房とかもないんだよ、この駅、とケラケラ笑っ
てあたしに、ところで精算するお金とかあるの? と肩を叩いて言った。あたしは思わず財布を確
認してから、どうにか大丈夫そうです、と答えた。それでも財布の中には4万8千円しか入っていな
かった。ナオキは、宿泊費とかは肩代わりしてあげるから、電車賃とかぐらいは払いなさい、と言う
のであたしは、お金までお世話になれないですよ、と答えると、いいよ別に、私お金に困ってない
し、あなたお金なんて持ってないでしょ、と素っ気なく返されてしまった。まったくその通りだけど、
率直に言われてしまうと悔しい気がする。
 あたしはナオキと一緒に改札を出たかったけど、あたしは窓口のような場所で精算をしないとい
けなかったので、ナオキに遅れるかたちで駅を出た。
駅の外に出ると、湿気というよりは比較的カラッとした、乾燥した暑さがあたしを待っていた。陽射
しはとても強くて東京の陽射しとはまったく質が違う気がした。ナオキに、凄く晴れてますね、と言う
とナオキは、日焼けしないようにね、と黒いチューリップを逆さまにしたような帽子を目深にかぶり
ながら、あたしに言った。駅の前にはロータリーのようなものがあり目の前はずっとまっすぐな舗道
だった。地平線が見えるほど見晴らしが良い、そして何もない。駅の方を振り向くと、駅のずっと背
中に緑色の大きな山が見えた。
 ナオキは、それにしても暑いな、と呟きながらロータリーの縁石に腰をおろして、列車の中で吸
おうとしていたマルボロの煙草を口にくわえた。オイルライターで煙草に火をつけながら、もう吸っ
ても構わないよね、とあたしを見つめて笑った。あたしは、どうぞ、とだけ答えた。
あたしはナオキが煙草を吸って休んでいる間、電話ボックスもない駅のロータリーをブラブラと歩
いたり、縁石の上を平均台のように渡ったりして遊んでいた。ふとナオキの方に目を遣ると、ナオキ
は黒い携帯電話でどこかに電話をしていた。たまたまあたしとナオキの視線が合うと、ナオキはあ
たしに向かって手を振り、こっちに来るように、という合図をした。
 小走りでナオキに駆け寄ると、ナオキは携帯のディスプレイについた汗と皮脂を、金融会社の
広告が挟まれたティッシュペーパーで拭き取りながら、とりあえず連絡はついたんだけどさ、これ
からしばらく歩いて行かなきゃいけないんだけど、大丈夫? そう言ってあたしの顔を見上げた。
あたしはこの暑い中どれほど歩かされるのか心配になって、どれぐらい歩くんですか? と聞き返
すとナオキは、そうだね10キロぐらいかな、と言って溜息をついた。
 あたしはこの熱せられたアスファルトの道を10キロも歩くのかと思うと、もう一歩も動きたくないよ
うな気分になった。ナオキに、ナオキはそんな重たい荷物を持って10キロも歩けるんですか? 
と尋ねると、この辺りはバスとか走ってないからね、普段は迎えに来させてるんだけどね、そう言い
ながらヒールの踵を縁石にカツカツぶつけ、苛立たしさを表した。あたしは、タクシーとかないんで
すか、と聞くとナオキは、あればもう乗ってるよ、この辺りはタクシーも捕まえにくいんだよ、歩くしか
ないよ、そう言ってバッグに手をかけ立ち上げると、そのままロータリーから伸びたまっすぐとしたア
スファルトの舗道を目指し歩き始めた。あたしはこれから何時間もかけて歩くのか、と思うと気が重
くなったが、それでもどうもすることができないので、黙ってナオキについて歩くしかない、と思っ
た。
 太陽に熱せられ吸収した太陽熱を放出するアスファルトの舗道は、足の裏からあたしの全身を
焼き尽くすようだ。常にまっすぐな舗道と永遠に変わらない、緑ばかりの景色。そして鳴りやまない
セミの音があたしに目眩を誘うみたいでとてもつらい。ナオキは重いバッグをぶら下げひたすら前
を向いて歩いている。
 あたしが、つらくないですか? と尋ねると、仕方がないよ、と言って煙草をくわえ、そのまま煙
草をふかしながら、歩けるところまで歩こう、とあたし腕を引っ張った。重たい荷物を持って黙々と
歩き続けるナオキは、疲れるっていうことがないのかな、とあたしは思った。ナオキの長い髪が汗
で濡れて、首筋や頬にはりついているのを見ると、ナオキみたいな人でも汗をかくんだ、とかやっ
ぱり疲れているのかな、と思ってしまう。
 傍らの車道をときたま過ぎていくクルマを見るたび、ヒッチハイクでもしてみようか、と思いながら
あたしはずっと歩き続けた。幾ら歩いても単調な光景は変わらず、同じ場所を永久にループして
いる気分になる。あたし達は自動販売機を見つけるたび冷たい飲み物を買って歩き続けたが、買
った時点では冷たい飲み物も、口を開け歩き始めた時点でぬるくなってしまっている。初めはジュ
ースなどを飲んでいたが次第にスポーツ飲料、そしてお茶類へと買うものが変わっていった。
その方が体にとって効率的だからかも知れない。味があるものはよけいに喉を渇かせ疲れを誘う、
そんな気がする。

 7月19日、午後7時14分。生暖かい風が突然止んだ。
何キロぐらい歩いただろうか、地平線のような何もない彼方に夕焼けが見えて、辺りがグッと静か
になった。静かになったといっても空気の微妙なざわめきや振動が止んだということで、静かにな
った世界によけにセミの音が響き渡っている。でも、セミの音も暗くなるのと同時にどんどん萎えて
いった。
 辺りが群青色に変わり深い蒼にまで沈んでいく頃には、舗道の両脇に等間隔で立っている水
銀灯に明かりが灯り、冷たさを運ぶ俄風が吹き始めた。水銀灯の明かりには無数の蛾や虫が群が
り、もうセミの音は聞こえなくなっていた。その代わりに不思議な音が聞こえ始めた。それはたぶん
虫とかの声だろう。
 突然ナオキが足を止め、ごめんね、つきあわせちゃって、結局暗くなっても辿り着かない、そう
言って真っ赤なヒールを脱ぎ捨て、この方が足の裏が気持ち良くて楽だね、と呟いてバッグを持
つ指にヒールを引っかけて、裸足のまま再び歩き始めた。
あたしは何かナオキに声をかけた方が良いのか必死になって考えたけど結局答えは出なくて、黙
ったまま歩き続けているとナオキが、何も言わずについてくるね、文句とかもっと言えばいいのに、
私は怒ったりしないからさ、と前を見たままあたしに言った。
あたしは、特にナオキに対して文句があるわけじゃないし、と答えると、でも、もういい加減歩くのが
嫌になったんじゃない? と言うので、歩くのはそろそろ終わりにしたいなあ、とか思ってます、と
答えると、そうだよね、と言って足を止めた。
 突然足を止めたナオキに、どうしたんですか? と声をかけると、目的地はもうすぐなんだけど
ね、もういい加減歩くのも限界かな、と思ってさ、そう言ってチューリップを逆さまにしたような帽子
を掴み取ると、気が進まないんだけど、この先にモーテルがあるんだ、そこに泊まっていこうかなっ
て思ってるんだけど、そう言って振り返ってあたしを見つめた。
 あたしは、でも、今日中に目的のところに行かなくてもいいんですか? と尋ねるとナオキは、
いいよ、さすがに今日はそんな気にはなれないよ、と苦笑して、あとで連絡を入れれば済むことだ
から、そう言ってあたしの髪に手を滑らせた。
あたしは、ナオキにお金を払わすことになっちゃって、ごめんなさい、そう呟くと、いいよ、私はお
金には困ってないし、結局私が京子のことを引っ張って来ちゃったようなもんでしょ、と言ってあた
しの前髪を掻き上げて、おでこを出した方が可愛いと思うけどな、そう呟いて再び前を向いて歩き
始めた。あたしは、何故かよくわからないけど、どうしてもその先の言葉が出てこなかった。そのま
ま何も言わず、ナオキの背中だけを見つめて歩き続けた。ナオキはその後、足を止めることも後ろ
を振り返ることもなく、何かの曲の旋律を口でなぞりながら、あたしの前をただずっと歩き続けた。
 ナオキがあたしの髪を掻き上げた時から、どれぐらいの時間が経っただろうか。ただまっすぐの
びる線のずっと先、その右側に単調な光景には不釣り合いなほど煌々と明るく輝く一点があった。
一見してそれは無数の光の集まりにも見え、光の集まりはネオン管によって作られたものであるこ
とはすぐにわかった。たぶん、そこがナオキの言っていたモーテルなんだろう。

 7月19日、午後8時41分。舗道沿いのモーテルに到着。
舗道沿いのモーテルは原色に近いネオン管で飾り立てられ、それまでの単調すぎる景色からは
まったく浮いてしまっていて、恥ずかしさを通り越し哀れに思えてくる光景だった。
中途半端にネオン管で飾られた看板には、何故か椰子の木の絵が描かれており「ホテル・パタヤ
ビーチ」とその横に書かれていた。山の中のモーテルなのに、何故パタヤビーチなのかはわから
ないけど、辺りの景観から滑稽なほど浮いてしまっているそのホテルには、お似合いの名前だ、と
あたしは思った。
 ナオキはモーテルの外観を眺めながら、死ね、と呟いたのをあたしは聞き逃さなかった。ナオキ
はあたしに、ここに泊まるから、と言ってあたしの腕を引くと、どうしようもないホテルのどうしようもな
い入り口をくぐった。どうしようもないホテルの内部は外観以上にどうしようもなく粗末で、悲しい造
りだった。
 ホテル・パタヤビーチのルーム指名も都内のラヴホテルと同様の、パネルから部屋を選びフロン
トで鍵を受け取る形式のものだった。部屋のほとんどは空室だったが、微妙に値段と部屋の規模
に差があり、ナオキは特に選ぶこともなく最も高い値段が設定されている501という部屋を選びフ
ロントで鍵を受け取っていた。最も高い値段といっても12000円で、それ以上でもそれ以下でもな
い。
 あたし達は鍵を受け取ると、急ぐようにしてエレベーターに乗り込み5階にある部屋を目指した。
何故かこういったホテルのフロントには長居したくない、そういう気持ちと早く部屋で休みたいとい
う気持ちからだったんだと思う。狭いエレベータの内部はブラックライトでてらされており、ブラック
ライトに反応して発光する塗料で描かれた、夜の浜辺の絵があたし達の疲労を更に深いものにし
た気がする。
 部屋に入ってからも、それほど感動するようなものは見あたらなかったし、最も高い部屋といっ
てもオプションでついていたものは、ダムという通信カラオケとマルチオーディオ再生デッキぐらい
で、あたしがよく利用しているラヴホテルみたいな、PS2の貸し出しやDVDシアターなんていうも
のはなかった。
 ナオキは、何もないじゃない、と呟きながら真っ先に冷蔵庫に向かい、内部を物色していたけ
ど、コーラ、オレンヂジュース、ポカリスエット、ボス、ファンタグレープ、エビアン、レモンチューハ
イ、キリンビール、と名前を羅列して、何も取り出すことなくすぐに扉を閉めてしまった。そしてあた
しに、飲みたいものがあったら買ってあげるから言いなさい、と言ってもうひとつの自動販売の機
械を覗き込み始めた。
 もうひとつの自動販売機というのは、おとなのおもちゃやコンドームを販売する自販機で、ガラス
ケースの中にはバイブやパールローター、コンドームやローション、手錠のようなものが収められ
ていた。ナオキは一通りケースの中を見回すと、ここにあるものよりずっと良い道具がバッグに入っ
ているから、こんなものは買わなくていいからね、と言って笑いながら得意気に大きく膨らんだバッ
グをパンパンと叩いて見せた。そして、早速だけどお風呂入らない、汗すごいでしょ? と言って
おもむろにTシャツを脱ぎ始めていた。
 ナオキはさすがに洋服の脱着が慣れているらしくあっという間に裸になってしまった。肩口や背
中にタトゥがある以外は、ほとんどあたしと同じぐらいの体つきだった。でも、胸はあたしの方が大
きい気がする。ナオキは裸になるとあたしの服に手をかけ、脱ぐの手伝ってあげようか、と言った。
あたしは、大丈夫ですよ、と言って急いで服を脱いで裸になると、京子、胸おっきいねえ、とナオ
キが言ってあたしの胸に手を当てた。あたしは突然胸を触られてそんなことを言われたので照れ
てしまって、恥ずかしいですよ、と呟くとナオキは嬉しそうに笑って、そういう胸は縛って絞り出すと
すごく綺麗に見えるんだよ、自分で乳首を噛んだりパイズリとかもできるしね、男は喜ぶんじゃない
かな、と言った。
 あたしは、ナオキも胸大きいじゃないですか、と言ってナオキの大きなおまんじゅうみたいな胸
を触るとナオキは、京子ほどは大きくないよ、京子の胸っていうのはね、男ウケするいやらしいオッ
パイなんだよ、と笑って耳許で、パイズリ用にピッタリっていうことだよ、と囁いた。
あたしは、パイズリなんてしたことないですよ、と言うとアハハとナオキは笑って、そんなことしなくて
いいよ、パイズリなんて男の我が儘なんだからさ、と言ってあたしの肩を叩いて、お風呂に入ろう、
とあたしの腕を引いた。ナオキはとても嬉しそうに笑いながらあたしの腕を引くのであたしも嬉しく
なってしまった。そんなときのナオキの顔は子供みたいに可愛い。
 あたしはナオキに手を引かれバスルームへ行くと、バスルームの中は少し湿った感じがして黒
いツヤツヤしたタイルにかすかにあたし達の姿が映り込んでいた。ナオキはバスタブを覗き込ん
で、ジャグジーじゃないみたいだね、と言って不満そうにタイルの床を蹴っている。
 あたしはバスタブにお湯を汲もうと水道の蛇口をひねると、脇で覗いていたナオキが、水風呂が
いいね、と言ってお風呂のお湯と水を半々に汲むように言った。あたしはナオキに言われたように
お湯と水を半々でバスタブに汲みながら、バスタブがいっぱいになるまでシャワー浴びてたらいか
がですか、とナオキに言うとナオキは、そうするよ、と言ってシャワーから勢い良くお湯を出すとバ
シャバシャと音をたててはじけるお湯を全身に浴び始めた。ナオキの長くてフワフワした髪が水分
を含んで重く、べったりと肌にはりついていくのを見ながら、綺麗だな、と思った。
 ナオキはシャワーを浴びながらあたしに、一緒に体洗おうか、と手招きするのであたしも、いい
かなあ、とか思いながらそのままナオキに抱きついてしまった。
あたしが抱きつくとナオキは、レズっぽいね、と笑ってあたしの頭にシャワーのノズルを向けてお湯
をバシャバシャとかけ始めた。ナオキが無邪気そうに笑っているのであたしも嬉しくなって、なんか
レズとかって意識するとすごく恥ずかしくなりますね、と答えると、アハハと笑って、そういうのに興
味あるみたいだね、と言ってボディーソープに手を伸ばし泡立てながら、あたしの耳を甘噛みし
て、レズとかの経験って京子はあるの? と囁いてきたのであたしは、全然ないですよ、と答えると、
じゃあ京子のせいで私は犯罪者になっちゃうな、と泡立てたソープをあたしの体に滑らせてあたしの
目をじっと見つめた。
 ナオキの強すぎる瞳で見つめられるとあたしは言葉が出なくなる、ナオキはちょっと怖くてとても
可愛らしい、ナオキみたいな人と一緒にシャワーを浴びたりお風呂に入ったりしているのだ、と思う
ととても幸せな気分になった。永遠に続いて欲しい、という時間は案外こういうことなのかな、とわ
かったような気がする、次の瞬間ナオキの厚みのある唇に自分のを重ねていた。
 ナオキはあたしの唇を割って舌を入れてくると、あたしの舌に自分の舌を絡めながら手に付い
た泡であたしの体を撫で回した。あたしも同じように体に付いた泡でナオキの体を撫でると、ナオ
キは泡だらけの手であたしのアソコを弄り始めたので、あたしは体がムズムズしてしまってナオキ
に思いっきり抱きついてしまうと、ひとりで気持ち良くなってるなよ、とナオキは笑って、続きはお風
呂に入ってからね、と言ってすぐに手を止めてしまった。
 あたしは、ここで続けちゃっても、と言いかけるとナオキがあたしの唇に人差し指を当てて、汗臭
い子は大嫌いなの、わかるわね? と言ってあたしのことを片腕で抱いたまま、シャワーのノズル
をとって頭のてっぺんから勢い良くお湯を噴き出させた。あたし達はそうやって体の汗と泡を流し
落とすと手を取り合って、心地良い冷たさの水の中に体を沈めて、白くて低い天井をしばらく眺め
たまま会話もせずにぼうっとくつろいでいた。

 7月19日、午後10時7分。ホテル・パタヤビーチ501号室。
お風呂から上がったあたし達は、クーラーを効かせた部屋のベッドの上で、裸のままゴロゴロとし
ていた。あたしがナオキの大きなバッグの中身を気にしているとナオキは、実際手に取って見てみ
たら? と言ってベッドから降り、大きなバッグを持って再びベッドに戻ってくると、バッグのジッパ
ーを引き中を見せてくれた。
 ナオキのバッグの中は列車の中で見たときとあまり変化はないような感じがする。ナオキはバッ
グに手を突っ込むと、中から次々と道具を取り出してベッドの上に並べていった。見たことのあるも
のやまったく使い方のわからないもの、カラフルなもの、色々な道具が出てきた。色々な道具の中
であたしが使ったことがあるのは、パールローターとバイブぐらいだった。パールローターは通販
で買ったピンク色のが家にある、バイブは昔つきあっていた5歳年上の彼氏からプレゼントしてもら
った、白い色のアルテミスという名前のやつが机の一番下の引き出しに入っている。頻繁にオナ
ニーはしないけど、オナニーするときは両方とも使っている。
 ナオキは一通りベッドの上に道具を並べ終わると、手に取って見ていいからね、興味があれば
使ってもいいよ、消毒してあるからね、と笑ってあたしに色々とすすめてくれた。あたしは数ある道
具の中でも特にバイブに目が行った。バイブでも色々な形や種類があるんだな、と思い5種類の
バイブを手に取って眺めていた。ナオキは、白くて大きいバイブがあるでしょ、パールが入ってい
るやつ、それはヘラクレスというやつでさあ、私も一回使ってみたけどそんな大きいやつ入らない
よね、と笑って指差している。
 あたしは黄緑色の細長いバイブを手に持って、これはどういうやつなんですか? とナオキに
尋ねると、アナルバイブだよ、お尻の穴に入れて使うの、と言ってそれよりもずっと太くて大きい普
通のバイブを指差して、お尻の穴は拡張すれば幾らでも拡がるから、すぐに普通のバイブとか、
例えばビールビンとかも入るようになるんだから、と言って笑っている。
 あたしは、痛くないんですか? と聞くと、初めは痛いよ、だからローションを塗ったり細いバイ
ブを使って拡張していくんだよ、アナルプラグとか拡張用の貞操帯のようなのがあって、それを普
段から着けさせて徐々に拡張していくの、初めから大きいのを使ったらお尻が切れてしまうから
ね、と教えてくれた。あたしのお尻もこういった大きなバイブが楽に入ってしまうほど拡げることがで
きるのかな、と思うと何だかよくわからないけどすごいなあ、と思った。
 その他にも道具はいっぱいあって、黒い革製の目隠しや手足の枷、首輪や色々な種類の鞭な
ど、赤い蝋燭やパーティー用のねじれた蝋燭、手錠のようなものやふたつのフックの付いたおかし
な道具、複雑に交叉したベルトに穴だらけのプラスチックの赤いボールが通されたもの、大きな注
射器のようなものや管の付いたポンプみたいなもの、赤いロープや茶色い縄、ポーチの中からは
洗濯バサミやクリップ、注射針などが。
 あたしがその道具を手に取って眺めていると、その他にもいっぱいあるよ、とナオキが更にバッ
グから道具を取り出してくれた。道具というよりはコスチュームのようなもので、いかにも女王様らし
い水着のようなエナメルの服や、踵の高いブーツやヒール、高そうな網タイツや下着類、よくわか
らないゴムのような素材の服、ゴムやエナメルの袋状のマスクみたいなもの、ペニスバンドという道
具、そういったものがたくさん出てきたので、あたしは色々触りながら驚いていると、こういったコス
チュームなんて身に着けたことないでしょ、目が興味津々だよ、と笑ってナオキがあたしの頭を撫
でてくれた。
 あたしは、こういったコスチュームはナオキが着るの? と聞くと、私が着るものもあれば奴隷が
着るものもあるよ、一緒に何かコスチュームでも着てみようか? と言うのであたしは嬉しくて、本
当に着てもいいんですか? と聞き返してしまうとナオキは、いいよ、でも京子が着るのは奴隷用
だからね、と言ってアハハと笑った。あたしは、女王様の格好もしてみたいなあ、と思いながらもそ
れはそれで嬉しかった。
 ナオキは、とりあえず京子のサイズに合うやつはね、と言いながらエナメルの格好いいコルセッ
トやジャラジャラとしたアクセサリーのついた首輪、ハーフサイズの黒いエナメルのストッキングをあ
たしに貸してくれた、あたしは嬉しくてそれを急いで身に着け始めると、コルセットはひとりじゃ無
理でしょ、と言ってナオキがコルセットの紐とベルトを通したりするのを手伝ってくれた。確かにコル
セットとか苦しいけど、洗面台の鏡に自分の姿を映してみるととても格好良くて、私も意外と格好い
いんだな、と思ってしまった。洗面台からベッドルームを覗くと、ナオキも早速コスチュームを身に
着け始めていた。
 ナオキは手慣れた様子で、クルクルクルッと巻いたストッキングを足に通すと、その上からエナメ
ル製の水着のようなコスチュームを着込んでいった。ナオキはそんなに体が大きい方ではないけ
ど、エナメルのコスチュームを着ると、足がとても長く見えてとても背が高いように感じた。
そして、そのままベッドの縁に腰掛けると、長い編み上げのエナメル製のブーツに足を通して、床
やベッドの側面に爪先や踵を当ててコンコン、とやっていた。
 あたしはナオキがコスチュームを着込んだのを見計らってベッドに駆け寄ると、似合ってるよ、と
ナオキはあたしの腿をパンパン叩きながら言った。あたしも、ナオキも格好いいですよ、と言うと、
お仕事だからね、格好悪かったらマズイよ、とベッドの縁に腰掛けたまま足をブラブラさせながら
笑った。そして、不意にあたしの下半身に手を伸ばして、京子は人前でこんなところを丸出しにし
ているのよ、と耳許で囁いてきたので、あたしは何だか急に恥ずかしくなってしまって、たぶん顔
が赤くなってしまったと思う。
 あたしは、ナオキが格好いいコスチュームを貸してくれないから、と言うとナオキはアハハと声を
出して笑いながら、そこが女王様と奴隷の差なんだよ、奴隷には隠すようなものなんてないでし
ょ? そう言ってあたしのラビアの縁に指を滑らせて陰毛に指を絡めた。
あたしは、恥ずかしいですね、と答えると、それが良いんじゃない、こうやって恥ずかしさに震える
ような子は新鮮でいじめ甲斐があるよ、奴隷も恥じらいがなくなったような奴は可愛くないし、丸出
しで平気でいるような奴は、目障りなんだよね、と言って人差し指と中指であたしの左右のラビアを
開いたり閉じたりさせながら、あたしの反応を楽しんでいた。
 笑いながらあたしの下半身に悪戯しているナオキに、ナオキってお仕事の時ってこんな感じな
んですか? と尋ねると、相手によるよ、相手が可愛いなあって思える子だったり、仲のいい奴隷
とかにはフレンドリーに接することがあるけど、でも相手の要望に応えるしかないからね、結局は戯
れる感覚でプレイはできないよ、と言って、お仕事でのプレイは面白くないよね、と付け足した。
あたしは、女王様の仕事は楽しいものだと思っていたけど、ナオキの話を聞く限りだと大変そうだ
な、と思った。たぶんお客に合わせなければいけないんだろうけど、女王様なのにお客の意向に
従うなんて変な仕事だな、そう思うとナオキは普通の人よりもずっと、他人を理解しようとして色々
なことに忍耐強く耐えているのかもしれない、と感じた。そしてそれが職業女王様なんじゃないか
な、と思った。
 ナオキは、京子はたぶん、今まで女王様は怖いってイメージしかなかったんじゃない? でもこ
のお仕事っていうか、SMってね、コミュニケーションがすごく大切だしお互いがどこまで分かり合
おうって歩み寄るかが重要なんじゃないかなって私は思うのね、だから私も相手も楽しくプレイし
たいし緊張は大切だけど萎縮しちゃったら良いプレイなんてできないよね? だから、私は良く笑
うように心がけてるし、変な隙を見せないように神経だけは張りつめているの、たぶんわからないと
思うけど感じだけでもわかってもらいたいな、と言ってあたしの下半身から手を放すと何度もあたし
の髪を撫でてくれた。そのときのナオキの表情はとても真剣で、鋭さとかそういった感じじゃなく
て、ナオキがどうしようもなく真面目な人なんだって思わせるような、そんな顔をしていた。あたしは
今まで生きてきて、そんな心を動かすような表情なんてしたことがないし、そんな表情をした人を見
たこともない。真剣な表情がとてもセクシーなんだな、と一瞬思った。

 7月19日、午後11時4分。ホテル・パタヤビーチ501号室。
ナオキはベッドの上やバスルーム色々な場所で色々なポーズをとっていた。
ナオキはあたしのカメラの被写体になってくれて、あたしが構えるデジカメの前で写真集のモデル
がするような、色々なポーズをとってくれていた。
いま思えば、ナオキを写真におさめたい、そう思ってナオキについてきて、いまそれを叶えている
自分がいる、現実で現実じゃないような不思議な感覚。ナオキはそのままでも綺麗だけど、カメラ
を通して映される姿はとても美しくて、ナオキの鋭い表情も子供のような笑顔も、すべてが絵にな
っていた。
 デジカメのプレビュー・ディスプレイに映るナオキは、ベッドの上で背中を大きく反らせたポーズ
であたしを見つめて、念願の写真がたくさん撮れて満足? と声をかけてきたのであたしは、なん
かすごく、なんかこう、夢みたいです、と答えるとナオキは、満足してくれれば私は私で嬉しいんだ
けど、私だったらまず自分を撮ると思うな、ナオキは笑うそぶりもなく真剣な表情でそう言ったので
あたしは、セルフポートレートなんてできるほど綺麗じゃないですよ、と答えるとナオキは、綺麗と
か綺麗じゃないとかそういう問題じゃなくて、まず自分自身を写真におさめてみなよ、たぶん最終
的に他人を撮った写真より自分自身を撮った写真のほうが、京子の中で納得のいく作品になると
思うわよ、私は芸術とかわからないけど、そういうのって最後の最後で自己完結するものだと思う
の、何ていうかな、芸術家とかって必ず自画像とかやるじゃない、それに他人にわからないことを
あえてするでしょ、自分自身だけが納得するような作品を作って、そこまで言うとナオキは少し首を
ひねりながら言葉を探していたそして、アートとかそういうのってエゴの結晶っていうかさ、人に見
せるためのスケールの大きなオナニーみたいじゃない? セックスよりオナニーのほうが気持ちい
いじゃない? 結局気持ちいいこととか自分の理想を追究するものって、最終的に自分自身なん
じゃないのかなって私は思うの、きっと写真とかだって他人を撮るより自分を撮るとなったら、たぶ
んよけいに良い作品を作りたいと意識が働くと思うんだけどな、そう言ってあたしを見つめたまま喋
るのをやめた。
 あたしはナオキの言うことは理解できた気がする。実際その通りだと思う。でも、あたしはナオキ
みたいに綺麗じゃないし、ポーズなんてとったこともない、自分自身でどうにかできるかもしれな
い、と思っても自分を美しく、なんて言葉で言うほど簡単じゃないよ、と思った。あたしはナオキに
答えなくちゃいけない、と思って何度も適切な言葉を探そうとしたけれど、たぶんナオキが納得し
てくれる答えなんてあたしには見つけられるわけがなかった。
 ナオキをデジカメ越しでしか見ることができずにいるとナオキはあたしに近寄ってきて、京子は
自信がないから自分以外を写真に写しているんじゃないの? 大切なものを直視できなくてカメ
ラの力を借りて、かろうじてそれを見ようとしているんじゃないの? 喪うことが怖くて記録を残そう
としているんじゃないの? と何度も耳許で囁いた。あたしはナオキの言っていることはだいたい
当たっている、と思った。でも、ナオキは自信があるから強く生きていられるんじゃないのかな? 
そう思うと、やっぱり自分には無理なことだよ、と思うしかなかった。
 あたしはナオキに、自信なんてどうやったら持てるかわからないよ、そう呟くと、自信なんてひとり
の力でどうにかできるものじゃないと思うよ、でも誰かが少しでも受け入れて認めてくれたら、自信
が持てるようになるんじゃない? 要するに誰かがほんの少しでも評価してくれた瞬間から、自信
っていうのが湧いてくるんじゃないかな? ナオキはあたしの手からデジカメを取って、そう話して
くれた。あたしは、今まであたしを評価してくれた人なんかいないと思うし、あたし自身だって自分
を綺麗だと思ったこと無いですよ、と答えると、それじゃあ、私が京子を綺麗にしてあげるよ、そし
て私が京子は綺麗だっていうことを認めてあげるから、それだったら京子は納得する? ナオキ
の声や言葉はとても挑発的で恐ろしいナイフのように感じた。
 あたしはナオキの言葉に頷きながらも、でもあたしを綺麗にするなんて無理だよ、と呟くとナオキ
はあたしの髪を束のようにして掴むと、京子の原型がわからなくなるほど造りかえて、価値観が変
わるような経験をすればいいんじゃない? そう言ってあたしの目を覗き込んだ。
あたしが、どんなことをするんですか、と尋ねようとする前にナオキは、髪を切っちゃおう、バッサリ
思い切って切っちゃおう、それでメイクのパターンもチェンジしちゃおう、それだけで見た目はずっ
と変わるでしょ? 価値観を変えるのなんて簡単だよ、私とプレイしてごらん、私は京子を変える
だけの影響を与えられる女王様だと思うよ、そう言ったナオキの言葉は冗談とかじゃないと思う。ナ
オキは全然笑わなかったし、目が鋭くて真剣だった。
 あたしは、髪とかのカットなんてできるんですか? とナオキに尋ねると、できるよ、と答えた。そ
れじゃあ、美容師とかやっていたの? と聞くと、ずっと女王様、高卒、と平然と答えたのであたし
は心配になってしまった。ナオキはあたしの髪を掴んで、楽しみだね、と笑ったので、あたしはま
すます不安になってしまった。でも、もうどんなに抵抗してもナオキの考えが変わるとは思えない
し、ナオキがすごくその気になっているので逃れるのは不可能だ、と悟った。そしてあたしは、お
願いします、とだけ返事をしておくことにした。
 ナオキはあたしの言葉を聞いて、そうやって覚悟を決められるっていうのは大事なことだよ、と
言って、これは京子を変えるためのナオキ女王様の特別調教、と言うことにしておこうか、とつけ足
して嬉しそうに笑った。あたしはナオキの無邪気なその笑顔と鋭すぎる目のアンバランスさが何だ
か不思議なものに見えた気がする。ナオキは、バスルームで髪切ろうか、と言ってベッドを降りて
行った。
 あたしはベッドを降りる足が異様に重く感じられて、バスルームまでの道のりも遠く感じた。あた
しが気乗りしていないことは明らかで、とても軽い足取りで、なんていかない。あたしは重い足を引
きずるようにして、ナオキの後を追ってバスルームへと向かった。

 7月19日、午後11時18分。ホテル・パタヤビーチ501号室。
相変わらずバスルームは湿気に満ちていて、さっきあたし達が体を洗ったときの匂いがまだ残っ
ていた。
 ナオキはお風呂用の椅子の水気を綺麗に拭き取ると鏡の前にそれを置き、あたしにそこに座る
ように言って、そして綿のバスローブを纏わせ首にタオルを巻いてくれた。たぶん美容院を意識し
ているんだと思うけど、この格好じゃあ切った髪がチクチクしそうだ、とあたしは思った。
 あたしが不安な気持ちでいるとナオキは、私は髪を切ったり剃ったりするのが大好きなんだ、だ
から奴隷の体毛を剃ったりスキンヘッドにしてあげたりするんだよ、と笑って、京子はまだスキンヘ
ッドにはしないから安心しなさい、とつけ足したのであたしは少しだけホッとした。
でも、ナオキはあたしの頭を撫でながら、この頭をツルツルに剃り上げて、囚人番号みたいに奴隷
の証を彫ったらとても可愛いだろうねえ、と耳許で囁くのでゾッとした。
 いったいどうされるんだろう、と不安な気持ちで椅子に座っていると、ナオキはあたしに黒いポ
ーチを見せて、そこから髪切り用や髪梳き用のハサミや剃刀を取り出したので、本当にナオキは
髪をカットしたりそういうことが好きなんだろうな、と思った。でも、ナオキの気紛れで髪を剃られて
しまうかもしれない、と思うとやはり怖かった。でもナオキはあたしのそんな気持ちなどまるで気にも
とめず、あたしの髪をお湯で湿らすと勢い良くハサミをあたしの頭中に走らせた。
 ナオキは滅茶苦茶に髪を切っているんじゃないか、と思うほど勢い良く乱雑に髪を切っている
気がする。ナオキは曇った鏡をほとんど見ることもなく、あたしの髪を引っ張っては切り、思うように
ハサミを動かした。髪を切るジョキジョキという音は小気味良いけど、あたしの頭はいったいどうな
っているんだろう、と思うととてもじゃないけど穏やかな気分になんてなれない。
 京子の髪は硬くて量が多いから、思い切って切らないとね、とナオキは言ってハサミを振るって
いるけど、ナオキはちゃんとした美的感覚があってそう言っているのか、とかすごく気になる。とて
も気になる。どうしようもなく気になる。でも、ナオキは気にしていない。だから、勢いだけでやられ
てしまうのは、恐ろしい。
 あたしがそんなこんなを気にしていると、私は縛るのも髪を切るのも早業だからね、と言って、あ
とは髪を梳いて毛先を整えれば完成だよ、とあたしに言った。
まともに見られる髪型になってればいいんだけど、と思いながら覗く鏡は、曇っていて役に立たな
い。だから不安だ。それ以上に首筋にチクチクするあたしの残骸が、あたしの気持ちを焦らせる。
 京子は髪が短い方がずっといいよ、いかにも受け受けしいマゾの子は長い髪で良いかも知れ
ないけど、京子みたいに目とかもはっきりしている子は髪が短い方が良かったりするんだよ、と言
ってあたしの髪の毛の先をハサミで整え、髪梳き用の剃刀を滑らせると、あとは切った髪を洗い流
すだけ、と言ってシャワーからお湯を出すと、椅子をシャワーのところまで下げて上半身を前に倒
しなさい、コルセットを濡らさないように髪を洗い流すからね、と言ってあたしをシャワーの前まで移
動させると、バスローブを纏わせたまま、椅子の上で前屈した格好のあたしの髪にシャワーのお湯
を当て始めた。シャワーのお湯はあたしの裏側の世界ではじけて音をたてる。ナオキはあたしの
体と自分の体にお湯が跳ねないように注意しながら、あたしの髪を洗い流してくれた。ほぼ濯ぐだ
けだから、その作業はあっという間に終わってしまった。
 あたしの髪を洗い終えると、あたしの濡れた髪をタオルで拭き取ってくれて、もうバスローブとか
脱いじゃっていいから、と言ってあたしを取り巻くものを脱がしてくれた。あたしは不安や恐怖はあ
るけど、短くなった髪型を早く見てみたかった。でもナオキは、せっかくだから全部終わるまでのお
楽しみにしようかしらね、と言ってあたしの髪を拭いたタオルであたしに目隠しすると、滑らないよう
に気をつけて歩くんだよ、とあたしの手を取りバスルームの外へ誘導していった。そして、バスル
ームを出てすぐの場所で立ち止まるように言って、目隠しを外すけど、絶対に目を開けるんじゃな
いよ、と耳許で強い口調で囁いたので、あたしはビクッとして、わかりました、と小さな声で答える
と、怖がらなくてもいいから、ほら、お楽しみのためだから、と言ってナオキが優しい声で言ってく
れたので、救われた気がした。そして突然、耳許に激しい音が聞こえ熱風が吹いてきたので驚い
たけど、それはすぐにドライヤーの音だとわかって、そのおかげで今あたしは洗面台の前に立たさ
れているんだな、と気付いた。
 あらゆる方向からあたしに向かって熱風が吹き、ブオーブオーという音をたてている。髪が短い
から熱風が直接頭皮に吹きつけるみたいで不思議な感覚だ。それ以上に首から上が水分を喪っ
ていくごとに軽くなっていき、永らく忘れていたような清々しささえ感じてくる。
ナオキはあたしの髪を乾かしながら、髪を短くすると軽くなった感じがするでしょ、スッキリしたもん
ね、と声をかけてくれた。そして、髪が伸びたら今度は剃ってあげるから、覚悟しておくんだよ、と
ケラケラ笑い、京子の髪を剃ったら、ツルツルの頭に私のアソコを押しつけてオナニーでもしてあ
げようか、それともM男のモノを押しつけてオナニーのお手伝いでもさせようか、きっと気持ちいい
だろうねえ、と耳許で囁いた。あたしはまったく想像できないけど、とても異常で惨めなことだろう
と、直感的に感じた。
 あたしが、髪が短いとこうも首から上が軽いものなのかな、と思っていると、目を瞑ったままベッド
へ行くよ、転ばないでね、と言ってナオキが再びあたしを誘導し始めた。あたしはナオキの手を借
り、足下に気を付けながら小股で歩いてベッドへと移動した。そしてナオキの声に従ってベッドに
腰を降ろすと、もう目を開けていいよ、とナオキの声がした。ゆっくりあたしは瞼を持ち上げると、視
界はひどくぼやけていてやけに眩しいような感じがする。目の前にナオキの足が見えて少し視線
を動かすとナオキの顔が見えた。ナオキは意外にも笑顔でそこに立っていた。
 あたしが溜息をつく間もなく、チャッチャと済まそうね、とナオキはハサミ類の入った黒いポーチ
を床に放り投げると、今度はシャネルの化粧ポーチを取り出して、お化粧の時間ですよ、と言って
あたしの顔を思い切り覗き込んできた。突然、目の前にナオキの顔が現れたから思わず笑ってし
まうと、しっかり顔見せてね、と言ってあたしの顔を凝視し続けた。外国の昔話に出てくる、メデュ
ーサという怖い女に睨まれると石になる、という話を思い出したけど、相手がなんであろうと思い切
り凝視されたら石になるんじゃないかな、と思ってしまった。
 ナオキはあたしの眉を指で何度かなぞると、ちょっと濃いよなあ、と呟いて、眉細くするよ、だい
ぶ削っちゃうけどいいよね? と聞いてきたので答えようとすると、じゃあ削っちゃうね、と一方的
に決定されてしまった。あたしの眉は濃い方だけど、それほどひどくはないと思うけどな、と思って
いるうちにナオキは眉抜き用のピンセットや眉用の剃刀を取り出して、あたしの眉にローションのよ
うなものを塗りつけて剃ったり抜いたり、とあたしの眉を整え始めていた。あたしの眉は一本一本が
太いせいか、眉を抜くときプツップツッと音がする。
 あたしが、どれぐらい眉を削られたのかな、とか思っているとナオキは眉用のハサミで毛先を整
えながら、京子はおでこがけっこう広いし鼻も高くないから、眉は薄いほうが似合うよ、とよくわから
ない理由であたしの眉に手を加えるので、あたしは何だか複雑な気持ちになってしまった。
あたしはナオキに、本当に大丈夫かな? と尋ねると、大丈夫だって、絶対いいから、と変に強気
に答えるので、ますます不安が募る。でも、さすがにナオキは手際が良くてあたしが、不安だ不安
だ、と心の中で繰り返しているうちにどんどん作業は進んでいく。
 ナオキは、京子は肌が白くてけっこう綺麗だから、ファンデとかしないでも全然いいと思うけど、
やっぱり光が当たったときの、肌の透明感とか艶とかって全然違うから、手抜きはしない方がいい
ね、と言って化粧ポーチから化粧水やベースローション、ファンデーションのコンパクトやアイブロ
ウペンシル、リキッドライナーやマスカラ、アイシャドウや口紅などを取り出してベッドの上に並べて
いった。あたしはナチュラルメイクと言えば聞こえがいいけど、あんまり力んで化粧とかしないから、
普段ほとんど馴染みのない化粧品が転がっているのを見ると、もっと気を遣わなくちゃいけないか
な、なんて思ってしまう。
 ナオキは、私は黄色系ファンデ使わない人だから持ってないんだけど、京子も色白だから良か
ったよ、と言いながら、ローションやらをあたしの顔に塗り込んでベースメイクを始めていた。
色んな雑誌とかでも、ベースメイクはしっかりしましょう、下地を作らないと肌にとってまったくプラス
になりませんよ、みたいなことはよく書いてあるけど普段、全然気にもしていなければ実践して無
いなあ、と反省してしまった。罪悪感やうしろめたさを感じてしまうくらいにナオキは熱心にベースメ
イクをしてくれている。
 やっと肌が整った、と思っているとすぐにファンデーションを塗るんじゃなくて、血流マッサージ
しながらファンデを乗せていったほうが効率的らしいよ、と言って細かくパフを動かしながらあたし
の顔をパタパタしている。あたしは化粧なんてあんまりしないけどパタパタは大好きだ。
 若いっていうのは良いね、化粧ののりがいいよ、ムカツクね、と笑いながらナオキはあたしの目
許の工事に取りかかっていた。目許メイクは難しいしあたしはヘタクソだからほとんどしないけど、
これだけ色々な化粧品を使うっていうのは、ほとんど小さな工事だ、と思った。
あたしはアイラインなんて引いたことがないから、目の縁をアイライナーが滑っていくのが何だか少
し恐怖だった、こういうことをナオキに話したら爆笑されそうだけど…

 7月20日、午前12時41分。ホテル・パタヤビーチ501号室。
ナオキは自分はスッピンのままのくせに、相変わらずあたしの顔にもの凄い労力を注いでいる。
自分のためにだったら労力を惜しんだりしないけど、他人のためにここまで神経を張りつめている
なんて、あたしには絶対にできそうもないな、と思った。
 あたしはふと横目で、枕元のデジタル時計に目を遣ると日付が移り変わっていることに気付い
た、あたしの顔が少し動いたことに反応したナオキが、あと少しだから動かないでね、と言った。あ
たしはナオキのその声を聞いたとき、ナオキの恐ろしいぐらいの集中力に改めて驚かされた。この
集中力がこの仕事を支えているんだろう、とかナオキの強さや確立された個っていうのは、この集
中力のお陰なんだろう、と思った。
 そうやってあたしが感動していると、ナオキはあたしの化粧を終え化粧品をポーチに収めると、
小走りで洗面台まで走りジェルを手に取り戻ってきた。そして、手のひらに取ったジェルをあたしの
髪に馴染ませて、引っ張ったり撫でつけたり手櫛を通したりしてあたしの短い髪を整えて、そして
最後にたっぷり塗りたくられた唇に軽く人差し指を触れて、終わったわよ、と言った。あたしは何に
もしていないくせに、終わったわよ、と言う声でドッと疲れてしまったような気になった。
 あたしは、ようやく鏡が見れる、とベッドから立ち上がろうとするとナオキが、見違えるぐらい変わ
ったよ、格好いいと思うけどね、とあたしの肩を叩いた。あたしは嬉しくなって洗面台に駆け寄る
と、鏡をグッと覗き込んでしまった。
 覗き込んだ鏡の中には、クシャッとしながらも中央がツンツンと立った黒いベリーショートの髪の
女の子が、不思議そうにこちらを覗き込んでいた。最初、本当に自分で自分自身がわからなかっ
た、それぐらいあたしの姿形は変わっていた。
鏡越しの女の子は、とてもシャープな眉をしているし、アイホール全体に黒いシャドウがかかって
いて睫毛がピンピンと上を向いている。何よりも唇が憂鬱そうな厚みを持っていて、黒くてツヤツヤ
としていたので驚いてしまった。
 そんな自分を鏡に映しながら、あたしもけっこう変われるんだな、と少し得意気な気分になって
ポーズなどをとってしまった。バンドを組んでいる人やコスプレをしている人って、こうやって変わ
れるのが楽しいんだろうな、と思ったら何だか今まで興味の無かった化粧にも俄然興味が湧いて
くるようだった。
 改めて鏡を覗き込むと、相変わらず少し憂鬱で不満そうな表情の女の子が、笑顔を隠しきれな
い、って感じでこちらを見ていた。化粧のせいだろうけど、あたしってけっこう目が大きいな、とかフ
ェチでキッチュな顔なんだな、と思った。
ベッドの上でナオキが、感想は? と大きな声で聞いてきたので、凄く格好いいです、なんか別
人みたいですよ、と答えると、それは良かったね、京子みたいな丸顔の子はシャープ過ぎるより、
不機嫌ロリータのほうがサマになるからね、と言って、でもいくら何でも自分のことを褒めすぎなん
じゃないの、と付け足して可笑しそうに笑い始めた。
 あたしはナオキの笑い声を聞きながらベッドに戻ろうとしたら、ナオキはあたしの出しっぱなしに
していたデジカムを手に取って、これどうやるんだよ、と呟いていた。ナオキに、どうしたんです
か? と声をかけると、これからプレイをこれにおさめてあげようと思ってね、と言って、でも使い方
がわからないよこのビデオカメラ、とデジカムを指して言った。
 あたしはプレイに雪崩れ込むだろうな、とは思っていたけどビデオに撮ろうとしているとは思わな
くて、恥ずかしいですよ、と答えると、別に人に見せなければいいじゃない、きっと撮って損はしな
いと思うよ、と自信あり気に答えながら、だからこれどうやって使うんだよ、とデジカムを手のひらに
載せて眺めている。
 あたしは、ビデオに撮られながらプレイなんて、初めてなのに…と言うとナオキは、初めてだから
記念に残すんじゃない、何も知らない京子が堕とされて汚されていく姿とか、恥ずかしがっている
姿とか、私に虐められて感じている姿とかさあ、と言って手を叩きながら笑って、そんなにヤバイこ
とはしないから安心しなよ、と付け足したので逆に心配になってしまった。
 ナオキがデジカムをあたしに手渡して、これをどこかにセットして撮影しよう、と言うので不安に
なりながらもあたしは、ナオキはスッピンで良いんですか、と尋ねるとナオキはウーンと唸って、私
的にはスッピンでも構わないけど、と言うので、でも女王様っぽいお化粧したほうが格好いいと思
いますよ、あたしがこんなに格好良くしてもらっちゃったのに、と答えるとナオキは、写真を撮って
いるぐらいだから、やっぱり映りとか気になるのねえ、と言ってしまい込んだ化粧ポーチを再び取り
出して、すぐ終わるからね、と言ってポーチからいくつか化粧品を取り出すと、手際良く手を動かし
始めた。あたしは女王様っていうと厚化粧なイメージがあったけど、意外とナオキはナチュラルっ
ぽい化粧で、口紅が真っ赤なこと以外は抑え気味の化粧しかしなかった。
 ナオキはあっという間に化粧を終えると、準備完了、と言って鼻を鳴らした。あたしは、ええと、
あたしはどうすれば良いんですか、と鼻息の荒いナオキに声をかけると、そうだね、ベッドの上に
転がってる道具を使ってプレイをするんだけど、何かして欲しいことがあったら言ってね、とさっき
ベッドの上に並べて眺めていたSMの道具を指差して答えてくれたけど、実際あたしはプレイって
いうもの自体よくわからないから、あんまり痛くないことだったらいいですよ、とだけ答えると、痛くな
いことだって色々あるよ、恥ずかしいこととか惨めなこと、気持ちの良いこととか色々、とナオキは
言って、初めてだからパッとこないだろうけどね、まあやってみよう、とフォローしながら、背伸びを
すると、とりあえずお約束だけ決めよう、と言ってあたしを近くに呼び寄せた。
 ナオキの言うお約束というのは、痛いことや汚いことは出来る限りしないよ、ということと、できそう
もないことや無理そうなことはちゃんとできませんと答えるように、という単純なことだった。そして、
プレイ中はナオキのことを「ナオキ様」と呼ぶように、ということだった。
あたしがデジカムの操作法を簡単にナオキに説明すると、だいたいわかったわ、といってテレビの
上にデジカムを載せて録画状態にすると、とりあえず京子はドアのところまで下がって、這ってここ
までおいで、そうしたら挨拶を教えてあげるからね、と言ってあたしの頭を撫でると、心配しなくて
良いから、とあたしの背中を押した。

 7月20日、午前1時32分。ホテル・パタヤビーチ501号室。
あたしは不安で胸が破裂しそうなのを抑えながら、床に這いつくばり必死にナオキのいる場所ま
で這い進んだ。ナオキをちゃんと様付けで呼ぶようにとか色々考えながら下を向いてナオキの足
下、ベッドの下まで進むと、ナオキのストッキングに包まれた足があたしのおでこを小突いて、もっ
と後ろに下がりなさい、と声が聞こえた。あたしは驚いて後ずさりすると今度は、私に見えるぐらい
股を開いて、そして顔を上げる、と声が聞こえたのでその通りに恐る恐る行動をとると、挨拶、そう
言ってあたしのことをナオキが見下ろしていた。
 ナオキの視線はよけいに鋭くなっていて、あたしがどうして良いか戸惑っていると、どうして良い
かわからないときは、女王様に教えてもらうこと『私は無知な奴隷です、ですからどう御挨拶するか
教えてください』とかね、言ってごらん、
「あの、あたしは無知な奴隷です、ですから、どう御挨拶するか、教えて、下さい…」
 それぐらい自分で考えられないようじゃどうしようもないね、奴隷だったら卑屈に主人に挨拶す
るもんじゃないの? それもできないんなら、お前は奴隷以下だよね、家畜以下だよ、コブタちゃ
んだよ、ねえ、京子?、
「すみません…でも、本当にわからないんです」
 挨拶もできないくせに、京子なんて生意気な名前を持ってるんだね、奴隷以下なんだからさ、
名前なんかいらないよ、牝豚でいいんじゃないの? そんなキッタナイ股を女王様に見せつけ
て、少し気を遣うことを覚えなさい、
「すみません、本当に無知でごめんなさい…」
 もういいわ、それじゃあ挨拶の仕方を教えてあげるから忘れるんじゃないよ、ナオキはそう言っ
て咳払いをすると、まず自分の名前を言ってそれから、宜しくお願いします、って言えば良いんだ
よ、言ってごらん、
 あたしはナオキに言われたように、床に手をついて挨拶をすると、ナオキは足の爪先であたしの
頭を撫でて、よく言えたね、偉いわ、と褒めてくれた。そして、ひとつ命令をこなせたらご褒美をあ
げるからね、そう言ってあたしの目の前に右足を差し出して、最初のご褒美は女王様の足へ奉仕
させてあげようかしらね。京子、私の足を舐めていいわよ、爪先を全部口にくわえて舌で綺麗に舐
めるのよ、と言ってあたしの唇の上を爪先で押しつけながらあたしの口の中へ爪先をねじ込んでき
たので、あたしは他人の足なんて舐めたことがないのに、と思いながらストッキングに包まれたナ
オキの足の指を舐め始めた。ナオキの足はそれほど大きくないけど、さすがに爪先すべてをくわえ
ることはできなかった。
 あたしはナオキを怒らせないように一生懸命に、ナオキの足の爪や足の指の間に舌を押しつけ
て舐めていると、女王様の足は美味しいでしょう、いつもおまえが喜んでくわえてる汚らしい男の
ペニスと、どっちが美味しいか言ってごらん、と言う声が聞こえて思わず、ナオキ様の足の方が美
味しいです、と答えるとナオキは、バカ、おまえみたいな牝豚と平気で交尾するような薄汚い男の
ペニスと、私の足を比べるんじゃないよ、と言ってあたしの口から爪先を引き抜いて、じゃあ調教始
めるからバッグから、私のペニバンと赤いハイヒールを持っておいで、とあたしに命じて足を組み
替えた。
 あたしは這ってナオキのバッグに近づくと、その脇に用意されていた赤いハイヒールと黒いペニ
スバンドを手に取り持ち帰ろうとすると、京子、ペニバンは口にくわえて両手にハイヒールを履いて
動物らしく戻っておいで、とナオキに言われあたしは急いでペニスバンドを口にくわえて手にハイ
ヒールを履いて這って戻ると、ナオキは可笑しそうに笑って、そうやっておまえは作り物のペニスも
喜んで口にくわえるんだね、と言ってあたしからハイヒールとペニスバンドを取り上げると、おまえ
は手伝わなくていいからね、と言ってそれを身につけ、まずは洗濯バサミからいってみようか? 
と言いながらいくつかカラフルな洗濯バサミを手に取ると、これをおまえの汚らしい穴の肉と、乳首
に付けて素敵なアクセサリーにしてあげるからね、とあたしの乳首を一つずつ洗濯バサミで挟ん
だ。乳首を洗濯バサミで挟まれるとジワッと痛みが広がり、ちぎれそうな痛みに変わっていった。
でも陰唇へ洗濯バサミが付けられると、そんな痛みなど吹っ飛んでしまって一転して下半身の痛
みと痺れに体を揺さぶった。
 ナオキはそんなあたしを笑いながら、キャリアのマゾはクリトリスやラビアに注射針を刺しても喜
ぶのよ、お前にはそこまでしないけど洗濯バサミぐらいは我慢しなさい、と言ってあたしの頭を撫
でるのであたしは、頑張ります、と答えるとナオキは、素直でいいわね、と言ってあたしの背後に回
りあたしの胸を覆うように手を絡めると、ゆっくり手で包んだ胸を揉みながらあたしの首筋を舐めた
り耳を甘噛みしたりしながら、体がかたいね、もっとリラックスしたら、と囁いた。
ナオキのペニスバンドがあたしのお尻のあたりを何度も擦り、なんだかどうしていいかわからないド
キドキした気分になって、あたしは体が熱くなってきてしまった。
 あたしは、小さく何度も声を漏らすとナオキは、敏感な子とはプレイしていて楽しいよ、乳首やア
ソコの肉がかたくなればなるほど洗濯バサミは食い込むからね、と言ってしつこいぐらいにあたし
の体を撫でて刺激を続けた。気持ち良くて不安であたしが震え始めるとナオキは、まだ何もしてな
いじゃない、そんなに怖がらなくてもいいよ、と言ってあたしから離れると、そのままあたしを床に座
るように言って、パールローターを投げてよこした。
 あたしはパールローターを手に取りナオキを見ると、それを使っていやらしくオナニーしなさい、
どんな気分か詳しく説明しながらオナニーしてごらん、お前はバカだからすぐに下品なことを言い
始めるだろうね、と言ってベッドの縁に腰掛け、始めなさい、と足で指示した。
 あたしは人前でオナニーをするのはこれが始めてではなかった。昔つきあっていた彼氏はよく
あたしにオナニーを見せるように言ってきたし、デジカムの前でオナニーをしたり、あたしはそうい
う経験があったから全く初めての経験じゃないけど、同じ女の前で、となるとあたしはどうしようもな
い恥ずかしさに太股を閉じたくなるけど、太股を閉じようとするとナオキに太股の内側を叩かれたり
軽く蹴られたりするので、あたしは頑張って股を開いたまま、洗濯バサミにパールローターがぶつ
からないようにしてアソコに滑り込めませていった。
 あたしがパールローターを使ってオナニーを始めるとナオキは、ローターっていうのはね、キッ
タナイマンコに入れて使うんじゃなくて、クリトリスを刺激したりするものなの、京子はバカだから知
らないんだろうけど、女王様の言っていることが理解できるなら、言われた通りにオナニーしてごら
ん、ずっと気持ちいいはずだから、と言ってあたしの手を取ってパールローターをクリトリスに押し
つけ上下に動かすと、びっくりするほどの振動がクリトリスに伝わって、恥骨や背中にまで電気が
走ったかと思うほどだった。
 あたしはナオキに言われた通りパールローターでクリトリスを刺激して、そして指で膣の中をいじ
り始めると、今までやってきたオナニーは間違っていたのかもしれない、と思うほど気持ちよさが増
した気がした。
ナオキは足を組み替えながらあたしのオナニーを眺め、ちゃんと声とかも出すのよ、女王様を楽し
ませるようにお前はオナニーをするんだからね、女王様を楽しませるようなオナニーができたら、S
Mショウでお前にオナニーショウをさせてあげるから、と言って大きな声で笑った。
あたしはナオキが喜んでくれるようにできる限り大げさに声を上げたり、実況中継するようにしてオ
ナニーをしている状況を叫び続けた。
 ナオキはそんなあたしを可笑しそうに眺め、バカじゃないの、そんな恥ずかしいこと命令された
って普通の子はできないはずよ、お前は先天的に変態だから喜んでオナニーショウをしてるんじ
ゃないの、と言って立ち上がりあたしの目の前を覆うように足を開いて立つと、下の口ばっかり遊
んじゃって上の口が寂しいでしょ、女王様の真っ黒くてぶっといオチンチンをしゃぶらせてあげる
から、とペニスバンドを掴んであたしの頬に押しつけると、お前の大好きなフェラチオをしてごら
ん、と言ってあたしの唇を割るように黒い先端があたしの口にねじ込まれていった。
 あたしはゴムともシリコンともつかない匂いのする黒い人工物のペニスを口に含むと、それに舌
を絡めながらしゃぶり始めていた。体がこんなに単純に反応してフェラチオを始めてしまう自分
が、とても惨めで恥ずかしい、と思った。ナオキは、こうやっていつもフェラチオをしてるんだ、ズバ
ズバ音を立ててしゃぶってるじゃないの、同じ女として信じられないわね、こんな変態がいるなん
て、ねえ、と言ってあたしの頭を両手で押さえてグイグイと前後に動かしながら、女王様のオチン
チンは美味しいでしょう、京子みたいな最下級の女がくわえるのなんて粗末なものばかりでしょ、
ねえ、と言ってあたしを笑った。あたしはその間も一生懸命ナオキのペニスバンドの先端をくわえ、
吸い続けた。
 ナオキはフェラチオを続けるあたしの頬を叩いて、女王様がお前に声をかけているんだから返
事ぐらいするんだよ、女王様のオチンポ美味しいです、とか言ってごらん牝豚京子、と言って髪を
掴まれたりするのであたしは怖くて、許してくださいすみません、と何度も塞がれた口で答えるとナ
オキは、女王様のオチンポをくわえながら喋ってるわこの子、可笑しいわね、頭がおかしいんじゃ
ないの、と言ったかと思うと突然ハイヒールの先端があたしのアソコに食い込んできて、突き上げる
ように動いてあたしは驚いて声を上げると、女王様がお前のオナニー手伝ってあげるわ、お前の
臭い汁で女王様の靴を汚すんじゃないよ、と言って笑いながらグリグリと足を動かし続けた。
あたしは痛さと気持ちよさにどうしていいかわからず、何度も叫ぶように声を出して、そのうち涙が
出てきてあたしは、オシッコを漏らしてしまった。
 突然吹き出したオシッコが止まらなくてナオキの足をビショビショに濡らしてしまうと、薄汚い豚
のくせに潮なんか吹くんじゃないよ、と言ってあたしを蹴り倒してそのままあたしに跨ると、ちょっと
躾が必要だね、と言ってあたしの首を絞めながら、このまま殺しちゃおうかしら、とあたしに顔を近
づけながら言うのであたしは怖くなってしまってブルブル震えていると、ナオキは嬉しそうに声を上
げて笑うと、殺すわけないじゃない、殺さないわよ、と言って、何でも本気にするのね、お前は素直
だし可愛いから好きよ、と言ってあたしにキスをすると、怖がらせちゃったからご褒美に女王様の
唾をあげるから、口を開けなさい、と言ってあたしの鼻をつまんだ。
 あたしはナオキに言われたように大きく口を開けると、ナオキはあたしを覗き込むようにしてあた
しの口めがけて固まりになった唾を落とした。ナオキの唾は糸を引いてあたしの口に落ちてきて、
それは生暖かくて甘いような気がした、あたしはそれを飲み込むと、美味しいです、と呟いてしまっ
た。ナオキは、他人の唾なんて飲んだことないでしょ、でもこれを奴隷はありがたがって味わうの
よ、と言って優しく笑ってくれたのであたしはなんだか救われたようなホッとした気分になった。

 7月20日、午前3時8分。ホテル・パタヤビーチ501号室。
あたしは体を拘束され洗面台の鏡の前に置かれた椅子に座らされていた。
あたしの手足は椅子の足やフレームにロープで縛り付けられ、あたしの口にはボールギャグがく
わえさせられていて、鼻はフックでつり上げられて醜い顔になっていた。そしてあまり太くはないバ
イブがロープで固定されあたしの体に食い込んでいる。
 あたしはこの格好で10分以上も放置され続けていた。その間もボールギャグの隙間からは涎が
流れ続け、椅子は愛液でベトベトに濡れていた。あたしはそんな姿を見続けながらバイブで刺激
され感じ続けている。
 ナオキはあたしのそんな姿が映るようにデジカムをセットすると、ベッドの上からあたしの後ろ姿
を眺め続けている。あたしは頭がおかしい女のように、アーアー、と声を出して叫んでいると、ナオ
キはあたしに近づいてきて、あまりに気持ち良すぎて壊れちゃったんじゃないの? と笑いながら
あたしの乳首を潰れるほど強くつねると、驚くほどの会館があたしの中ではじけてまたオシッコを
吹き出してしまった。
 ナオキは、こうすることで感覚が鋭くなって、簡単に感じるようになるのよ、たとえば鞭で叩いても
潮を吹いてイッちゃうようになる子もいるわよ、と言ってあたしの体を撫で回した。そのたびに全身
がゾクゾクして、何をされても感じてしまう、そんな状態でナオキは満足そうにあたしを眺めながら
あたしの穴に引っかかっているフックやボールギャグをはずしながら、体ができあがってきたみた
いだから、お前を犯してあげるからね、と言ってあたしの手足のロープをほどき股間に埋められた
バイブを引き抜くとあたしの鼻に押しつけ、臭いでしょ、お前の匂いだからね、と言ってあたしにそ
れをくわえさせた。バイブにかぶせられていたピンク色のコンドームはしわが寄っていて、バイブ
自身が熱を持ちクネクネとあたしの口の中で動き続けた。
そして、あたしはそのままナオキの手を借り立ち上がると、足や腰をガクガクさせてナオキに、大丈
夫、歩ける? と声をかけられながらヨロヨロとベッドに戻り、寝かされた。そしてベッド脇にはデジ
カムがセットされた。
 あたしがベッドに仰向けに横たわるとナオキはあたしの口からバイブを引き抜き、早速だけどベ
ッドの上で四つん這いになりなさい、と言ってあたしの足を叩くのであたしは重い体をどうにか起こ
してベッドに四つん這いの格好で立つと、ナオキはあたしのお尻を撫で回しパンパンと叩くと、こ
れから京子のことをペニバンで犯してあげるからね、と言って勢いよくベッドに飛び乗るとあたしの
腰のあたりに手を当てて、入れるわよ、と言ってあたしのお尻や股間をペニスバンドの先端でつつ
き始めた。そして若干の圧迫感を伴ってあたしの内部に黒いペニスの形をした固まりが滑り込ん
できた。実際のペニスは熱を持っているけどナオキにペニスは無機質な、そんな感じ。
 ナオキはしつこいぐらいネットリした動きで腰を動かし始めた。あたしはそれほど経験豊富じゃな
いけど、今まで経験してきたセックスなんて、入るとすぐにグイグイ突き上げられるばかりだったけ
どナオキのは全く違っていた。今までセックスは嫌いじゃなかったけど、どこか相手に身を任せる
っていうのができなかったけど、ナオキにだったら全部任せたまま腰を振って声を出してしまいた
い、と思うほどだ。
 ナオキはあたしの腰に手を当ててあたしにいろいろと囁きながら腰を動かした、あたしはセック
スの最中声をかけてもらうとリラックスできるんだな、とか思いながらナオキの動きに合わせて腰を
振っていた。ナオキの動きは複雑で、いろんな動きを繰り返してだんだん奥深くに食い込んでい
く、あたしは自然に声が漏れ涙があふれてきた。こんなに安心できるセックスなんて初めてだっ
た、ナオキの声が遠くで聞こえてあたしの体はフワフワ浮いているみたいで、いつかフワーッと飛
んでいきそうな気持ちだった。
ナオキの声がどんどん遠ざかって背中に羽が生えてきたような不思議な感触、そして手足の感覚
がなくなって頭の内側から白い世界が拡がっていく。そして、あたしはどこか消えそうなぐらいに飛
ばされていく感覚に陥り、総ての感覚が遮断された。

 7月20日、午前4時40分。ホテル・パタヤビーチ501号室。
あたしが目を覚ますとぼやけた視界の片隅にナオキの姿があった。ナオキは全裸で椅子に腰掛
けると、あたしを眺めながら煙草を吹かしていた。
 あたしが重い身を起こしてナオキを見つめると、やっと起きたみたいだね、と言ってナオキはあ
たしの方に煙草の煙を吹きかけながら目を細めた。
あたしが、すみません、と呟くとナオキは笑いながら、よく頑張ったね、と言って髪を掻き上げなが
らベッドの縁に腰掛けて、かなりグッタリしてたから、苦しいだろうと思って裸にしちゃったよ、と言っ
てあたしの乳首を触った。
 あたしはナオキに言われるまで裸にされていたことを気づかなかった。そこまであたしの感覚は
曖昧になっていたんだと思う。ナオキは、京子みたいな子とプレイしたのは初めてだよ、犯罪者に
なっちゃったね、と言って乾いた声で笑い、シャワーでも浴びてきなよ、とあたしの肩を支えながら
ベッドから降ろしてくれた。
あたしはナオキに、無知でごめんなさい、と謝るとナオキは、変にマゾっ気のある奴より全然いい
よ、と言って、初々しいっていうのか、新鮮なプレイができて良かった、とあたしにキスをするとあた
しの肩を叩いて、汗臭い子は嫌いって言ったろ、と言ってあたしの背中を押してた。
 あたしはナオキに言われたとおりシャワーを浴び、汗や涎や愛液を綺麗に流し、そして髪につ
いたジェルやメイクも流れ落ちていった。あたしが再び地味な女の子に戻っていくのを、体を流れ
落ちる玉のような水滴に見た気がする。
そうして部屋に戻ると、ナオキはベッドの縁で足をブラブラさせ、着替え椅子の上に置いてあるよ、
よかったら着て、と言って椅子を指さした。
 椅子の上には白いTシャツが掛けられており、ナオキもピッタリと肌に張り付くようなTシャツを着
ていた。ちょうど胸の部分には白い猫のキャラクターがプリントされていて、胸の膨らみでその猫は
太ったように左右に少し伸びていた。
 あたしは椅子に掛けられたTシャツに手を伸ばそうとするとナオキは、一番のお気に入りだか
ら、と言って鼻歌のように鼻を鳴らした。Tシャツにプリントされた絵はすかいらーくの鳥の絵だっ
た。あたしは鳥の絵を見ながら、こんなTシャツ売っているんですか? と尋ねると、売ってない
よ、だからお気に入りなの、と言って嬉しそうに笑っている。
 あたしはそのTシャツに袖を通しながら、明日は、行くんですよね? と尋ねると、待っているか
らね、とナオキは答えあたしは、その人ってどんな人なんですか? と返すと、誰からも信頼され
ている街の診療所の女医さんだよ、2年前に私と奴隷契約を結んだ、ね、と言って可笑しそうに笑
った。あたしは、ナオキともうしばらく一緒にいてもいい? と尋ねると、飽きるまで一緒にいれば
いいよ、と言って、診療所の女医とつがいでお前を調教してあげることもできるわよ、と付け足し
た。あたしは、ナオキともう少し、と言ってやめた。
 しばらく無言になりナオキが、診療所の女医は結構お金持ちなんだよ、だからしばらく滞在する
予定なんだよ、京子もおいで、そして写真を撮ればいい、と言ってあたしを抱き寄せてきつく抱き
しめてくれた。
 あたしはナオキに、もうしばらく一緒にいさせてください、と囁くとナオキは、もし離れたくなけれ
ば私の奴隷になればいいよ、と笑った。そして、もうすぐ朝になるね、とナオキは言いながら窓の
方に近づいていくと、締め切られた窓を開けて、おいで、とあたしを呼んだ。
 あたしは誘われるままに窓に近づくと、窓の外には泣きたくなるぐらい綺麗な朝焼けが広がって
いて、思わず声を漏らすとナオキは、パーフェクト・グラデーション、と呟きあたしの肩を抱いて、こ
んな空が見たくて、朝までプレイを続けちゃうんだよね、と言って大きなあくびをした。それはナオ
キの緊張が解かれた、一瞬だった。
 パーフェクト・グラデーション、あたしのカメラにはまだまだ大きすぎる被写体だ、そう思ったとき
あたしは自然とナオキと唇を重ねていた。神秘的な空の色を背景に。

To Be ...