ゾディアック・ヱロスコープ


1

 あたしは毎週、週末に、ある街角の奥まった場所。街の灯が届かない、月の光だけが届く袋
小路に足を運ぶ。その場所は、何かが起こる、何かを起こすにはちょうど良い場所だった。
あたしは、決まって週末にはその場所を訪れる。
 その袋小路には週末になると、ある占星術師が占いの場を設けていた。その占星術師の占
いは、当たるのか当たらないのか、そこそこ評判は良いらしく、占い賃を置いていく陶磁の皿の
ような容器には、常に金が溢れていた。
 占星術師は黒いローブを纏い、フードを目深に被った老婆だった。真っ白な乾ききった髪が
フードからあふれ伸び散っていた。占星術師の顔には深い皺が刻まれ、重そうな瞼には異様
なほど青いアイシャドウを、乾燥しひび割れた唇には夜に溶け込む黒の口紅が、引かれてい
た。そして皺だらけの乾燥した手の指先には10センチほどもある、鋭い真っ赤な爪がはえてい
た。それは、まるで白雪姫を罠にはめた魔女のような。
 あたしは週末の深い時間に、D坂あたりのその場所へ赴いて、醜く年を経た老星占術師に
払えるだけの金を渡す。その週によっては何枚もの壱萬圓札であったり、たった数枚の千圓札
であったり、硬貨何枚かであったり、そのときのあたしが払える最高の金額がその老星占術師
が求める報酬だった。
 ただ、その場所に老星占術師が姿を現すのは月の晩だけだった。黄色い月、銀色の月、赤
い月、蒼い月、月の光が届く夜だけにしか、会うことは許されない。
あたしは今夜も、そうやっていつものように、D坂あたりのその場所に足を運んでいた。
その角を、曲がれば、あの星占術師はいる。
 あたしが、その場所へ行くと、袋小路の壁の遙か上空には、重々しい赤い月がぶら下がって
いた。それは、この場所へ通い続けて初めて見る光景だった。月の下には、醜く年老いた星占
術師が「占い」と看板を立て商っていた。お客は赤い月以外は誰もいなかった。
 あたしがその袋小路に足を踏み入れると、老星占術師は煙草をふかしていた、その煙草は
溶けだした死を乗せた空気のようなひどく甘い匂いがして、紫色の煙が立ち上ったかと思うと、
その煙は赤い月の光に吸い込まれて、かき消されていった。憂いという言葉がその煙の中に浮
かび上がってくるように、あたしは思えた。
 老星占術師に近づくと、老星占術師は枯れたような声で、また、来たね、と呟いた。
あたしは、今日はあまりお金がないんです、だから、と言って占い賃の受け皿に伍千圓札を一
枚と百円玉を23枚置いた。老星占術師はそれを見て、今日はお客が来なくてね、暇だったよ、
誰も来ないのかと思っていたよ、あんたが来て、どうにか役目が果たせそうだよ、とあたしに呟
いた。
 老星占術師は煙草を袋小路の壁に押しつけて火を揉み消すと、それを放った。三日月のよ
うに曲がった煙草が、弧を描く。そして、アスファルトでたった一度だけ弾んで、死んだ。
 老占術師は陶磁の受け皿の、カスみたいなお金を掻き集めて黒い革袋に流し込むと、袋小
路の隅に机状になった占いのテーブルを畳み立てかける。そして机の下に隠されていた、真っ
黒な革の大きなバッグを取り出し、今夜は、死者の夜だね、と呟いた。そして、重たそうなバッグ
を軽々と持ち上げて、さて、行くよ、とあたしの前を歩き始めた。あたし達は、素性を隠してD坂
を登り切った先にある、ホテル街へと溶けていく。

2

 あたしはいつものように、老星占術師と共にD坂を登り切った先にあるホテル街の、その中の
ひとつに入った。フロントの機械から部屋を選び鍵を受け取ると、老星占術師と共にエレベータ
で目的の部屋に向かった、あたしが選んだ部屋は畳張りの和室だった、これからおこなうことに
適した造りだからだ。部屋に入り鍵を閉めると、儀式は開始される。
 老星占術師は畳張りの部屋に上がると、あたしに、もう言わなくてもわかるね、と言った。あた
しはすぐに老星占術師の足下に跪いて恭しく挨拶をし、巡り逢いはダビデの星の許で、と言葉
を交わすと老星占術師のローブの合わせ目を捲り、顔をくぐらせる。
 老星占術師のローブの下は全裸だ。あたしは老星占術師の蒸れた股間に顔をうずめ、恥丘
に彫られた「ゴルゴダの丘で別れ、メギドの丘で再び巡り逢う」というヘブライ語の一文に口づけ
をした。そして、中央を微妙に窪ませ尖らせた舌で、老星占術師の性器を綺麗に舐めた。それ
が終わると、次は老星占術師の足の指や指の隙間を舌で掃除する、そうしてやっと儀式に入り
込める。
 老星占術師はあたしに性器を舐められ、とても老人とは思えない高い声で、声をあげる。そう
して、老星占術師が満足してくれたら次のステップに進めるのだ。今日の、次のステップでは、
あたしは全裸になりテーブルを磔刑台に見立て、仰向けでテーブルに磔られた。
 あたしをテーブルに磔ると、老星占術師はバッグから先端が幾尾にも別れた黒い革製の鞭
を取り出して、それであたしを叩き始める。比較的ソフトなこの鞭での鞭打ちは、あたしの身体
の血行を良くするためにおこなわれる程度だ。ウォームアップを図るぐらいでしかない。
 ある程度あたしの体が敏感に反応するようになってきたことを老占術師は察すると、大の字
にテーブルに磔られたあたしの太股と太股の間、股間の側に赤い蝋燭を立て、性器を火であ
ぶり始める。蝋燭の細く長く伸び縮みする炎は微妙な風に煽られ、ときおりゆらめいて、あたし
の下半身に生えている陰毛をチリチリと焦がしていった。毛の焼ける不快な匂いと、このまま性
器が焼けてしまうのではないかという恐怖感の中で、あたしの下半身は濡れ始めていた。
 溶けて流れ出す蝋涙のように、滲み出す脂汗のようにして、あたしの陰部から愛液がゆっくり
と滲み出してくる。老星占術師はそれを見て、アソコが濡れていれば、そう簡単に火など付きは
しないよ、と言って更に手に持った紅い蝋燭を、あたしの腹部のあたりに高く掲げて傾けた。
 傾けられた蝋燭からは紅い線を描くようにして熱蝋が降り注ぐ。熱蝋はあたしの臍のあたりを
紅く染め、陰毛に絡みつき性器へと流れ込んで熱を失っていく。肌に触れた瞬間のジリジリし
た痛みと、熱が肌に浸透していく心地良い熱さ。
 熱蝋の雨は下半身にだけではなく乳首にも降り注ぎ、硬く尖り始めた乳首を紅い殻で覆って
いった。あたしは無意識に唇の隙間から舌を伸ばすと、唇の受け皿に紅い熱蝋の祝福が注が
れた。
 あたしが確かに感じ始めていることを見抜いた老星占術師は、熱蝋の洗礼をやめて、赤く鋭
い爪であたしの太股の内側や横腹を、更に臍のあたりや乳房を、ゆっくりと引っ掻き赤い線を
幾筋も付けていった。そして乳首を覆う紅い殻を爪先で弾き飛ばし、尖った乳首を抓み弄くっ
てあたしがおかしな声を漏らすのを聞いては笑った。あたしがあまりにも声を出し過ぎるので、
この舌を千切ってしまえば、こんな豚みたいにうるさく鳴かずに済むんだよ、とあたしの舌を抓
んで引っ張り、もう一度笑った。そして最後に陰唇を抓りクリトリスに爪をたてる。
 クリトリスに爪を立てられれば絶叫する、それでも痛みによる痺れや、余韻のような微妙な疼
痛があたしを感じさせてくれる、あたしの感覚はきっと、バカになってしまったに、違いない。

3

 一連の動作が繰り返されてあたしの脳みそは溶けだしていく。
 あたしが豚みたいな声でしつこいぐらいに鳴き始めると、老星占術師はあたしに、豚みたい
な声で、お前は悦びを表しているんだねえ、お前は人として生きられるようには出来ていない
のさ、人間は気持ちが良くてもつらくてもお前のように薄汚い穴から、おかしな汁を垂れ流し
て、鳴いたりはしないんだよ、と言ってあたしの顔を踏みつけて、あたしの顔に唾を吐きかけた。
 あたしは舌を伸ばして急いで、その唾を舐め取ると、薄汚い畜生が、と言ってあたしの舌を
長い爪で再び抓んで引っ張って、熱い鑞燭の鑞に押しつけた、あたしの舌は熱鑞に包まれ更
に赤く色づいた。
 そんなあたしを薄ら笑いを浮かべながら老星占術師は見下ろし、今日は、新しいことを教え
てやろうねえ、と言ってバッグから紙製の小さくパックされたものが連なった、帯のようなものを
取り出し幾つかのパックを千切ると、そこから注射針が何本が更に取り出された。パック一つ一
つに注射針一本一本が滅菌され封入されているのだ。更に注射針の先端は透明なキャップで
覆われていて、ペンのようにキャップを引き抜くと、刃物のような先端の注射針があらわになっ
た。注射針の入っていたパックには青い字でテルモと印刷されていた。
 老星占術師は注射針を抓んで、これでお前にお仕置きをしてあげるからね、まずは乳首に
刺すから、刺した針が貫通するのをよく見ておくんだよ、と言ってあたしの乳首に針の先端を押
しつけると、ぎゅっと力を込めて貫通させた。一瞬鋭い痛みが走って貫通後はじわじわとした鈍
痛が余韻のように続く、声は出なかった。その後もたて続けに針は乳首を貫通し、両乳首に十
字のように注射針が刺さった。乳首には小さなルビーの玉のように血溜まりが出来ていた。
老星占術師は笑って、この次からはこうはいかなくなるよ、最後はクリトリスだからね、その前に
陰唇に刺してやるから、せいぜい気持ち良くなっておくことだよ、お前みたいな豚は薄汚い穴
の肉に針を何本も刺されてイってしまうのさ、哀れだねえ、と言ってあたしの陰唇を長い爪で引
っ張り上げるようにして、針を内側から外側に向かって貫通させた。
 ものすごい痛みが電気のように走る、それが左右に五回ずつ続いた。痛みは乳首以上に激
しいのに、初めて感じた気持ち良さがあたしの口から涎になって、垂れ流れた。
 老星占術師はあたしを侮蔑したように、本当に呆れるよ、初めてラビアに針を刺されて、悦ん
でいるバカがいるんだからねえ、でもこの次はどうなるか、楽しみだねえ、とあたしのクリトリスに
針を刺した。
 今までとはまったく違う、電気的なデジタルな激痛が脊髄を伝って脳に届き、あたしは涎を垂
れ流し、勢い良く失禁して気絶してしまった。

4

 あたしが目を覚ますと、重たい偏頭痛と霞む視界の中で、ウサギとリスを合わせたような可愛
い顔立ちの女性の姿を見つけた。
 その女性はボブのような髪型の黒髪を櫛でとかし、顔をコットンのようなもので神経質なくらい
に拭いていた。あたしはそれが誰だかわからなかった。あたしは下着や服を着せられて畳の上
に寝かされていて、体を動かすと下半身がズキリと疼く。
 綺麗で可愛い動物みたいな女性はあたしが目覚めたことに気付いて、困ったような表情をし
た。そして、針プレイをした後はアソコとか綺麗に洗って、オシッコとかの後に紙でゴシゴシする
んじゃないよ、と言った。更に、もし痛かったら、オロナインとかテラマイシンを塗り込んでおくと
良いからね、と笑った。
 あたしがぼうっとその人を見つめていると、まだ、頭がはっきりしないのね? 初めてのくせ
に針で泣き叫ばなかったからクリに刺したけど、突然、気、失っちゃたもんね、私、驚いたよ、ち
ょっと、普通は嫌がるかしてクリの貫通には至らないんだけど、あなた、クリに刺されて感じなが
ら気絶しちゃうんだもん、本当に…と言ってあたしの横にいる女性はあたしのことを笑った。
 あたしの横にいる女性は再び困った顔をして、こんなに早く目が覚めるとは思わなかったよ
失敗したな、と呟いて、つらかったらもう少し横になってなよ、私はちょっと忙しいからさ、と言っ
て、皺だらけの皮膚のようなマスクなようなものを顔に被って、何かの薬で顔にそれを接着して
いった、そして白髪の伸びきったようなかつらを被って、かつらの髪を整えている。綺麗な女性
の顔はあっという間に、醜い皺だらけの老星占術師のものになってしまった。
 あの可愛い綺麗な人が老星占術師だったのか、とあたしは納得して、この可愛い綺麗な人こ
そが、D坂あたりのどこかで限られた客しか取らない、D坂の女王と呼ばれる、伝説の女王様だ
ったことを知った。
 伝説の女王は毬谷魔喜という名で、D坂あたりで客を取り、限られた者とだけ極秘にプレイ
をする謎だらけの女王様。伝説の女王というから、醜い老婆の姿が真実だと思っていたけれ
ど、こんなに可愛い人がそうだった、と知ってあたしはクリトリスに針を刺された以上に驚いた。
 老婆の姿に戻ってしまった綺麗な人は、あたしに目をやりながら、初めてお客に正体を見ら
れてしまったよ、とても恥ずかしいよ、こんなの、と苦笑いをしている。こんな顔だから、普段は
ずっと男になめられっぱなしだよ、だから困るよ、とケラケラ笑いながら鏡を覗き込んでいる。
 伝説の女王、毬谷魔喜は笑いながら、世の中には目に見えること以外にたくさん真実が隠さ
れていて、必死に誰かが隠し通していた真実なんて、解明されてしまえば案外マヌケなものさ、
と言いながら散乱していた荷物をまとめ、しばらく横になって身体を安めな、私は一足先に帰ら
せてもらうよ、と付け足すように呟いて部屋を出ていこうとして、立ち止まった。
 そして、部屋のお金は払っておいてやるから、街で見かけても呼び止めないでよ、このことも
ナイショだよ。毬谷魔喜という女王はあたしなんだからね、さっきの子じゃないよ、と笑って部屋
を後にした。
 あたしはしばらく驚きと疲労と、下半身の痛みで起きあがることは出来なかった。その後もし
ばらく下半身の痛みと疼きは続いて、あたしがようやく起きあがってホテルを出たのは翌朝のこ
とだった。
 それ以降もあたしは毎週のようにあの場所へ足を運ぶが、老星占術師の姿をした女王の姿は
なかった。月の光しか、そこにはなかった。
 しばらくした夏の夕方、東急ハンズの螺旋階段で、あの夜にぼやけた頭で起きあがったあた
しの脇にいた、可愛らしい綺麗な女性の姿を見かけた。その女性は文房具売り場で蛍光ペンと
ボールペンを見比べて、嬉しそうに笑っていた。
 一瞬、その女性とあたしは視線が合ったけれど、あたしは何も言葉はかけられなかった。
その女性はしばらくあたしを見つめて、会釈した。永い永い一瞬だった。
Fin.