God is in the details.を求めて

一度は完成、さらにクォリティアップのために返却。
そして、ようやく完成したKurage製ラバードレスを着ることができた!

うれしい、うれしい。
と喜んでいるだけでなく、色々思ったわけです。

レディメイドの製品にも似たような良いものはたくさんあるが、今回Kurageで作ってもらったラバードレスはそれらとはまったく異なる、機能性と装飾性を担保したものだった
たぶん、決定的な線引きとなるのは身体の構造を理解した上で、素材が異なっても衣服であるように作られていることだとは思うが単純にそういうことだけではないはず。

ラバーの服はパーティーで数時間着てみるとその善し悪しがわかるのだが、今回のものは三部に別れた造りですべて身に着けるととても重くかさばるものの、その反面で体の自由を不必要に拘束せず体力は要るが比較的快適だった。

一度完成した後に再度作り直されているという理由もあるが違いは何だろう?

まずはなぜ、そういった経緯になったかというと、Kid’Oさんが最初の完成品を着た状態を見て「布の服ならばこういう造りにはならないはず。もっと華やかで軽さと重さの調和が必要」とバランスや細部の表現を洗練させてくれたからだ。
そこまでしてもらえると本当に嬉しいし大切にしたいと想いがこもる。

本来あるべき姿を求め質を高める。
そのためには客が妥協してもKurageはなおも細部に神が宿るまで徹底する。
そこまでひとつのものを世に出すまで心血を注いでくれる人達はそうそういない。
単なるラバーの仕立屋ではなく、まさにSpecializing in Latex Artだ。
恐らくこの違いである。

他のメーカーが劣っているという話ではなく、そこまで完成度という点に神経をとがらせ、なおかつ尋常ではないほどに洗練を求め、熱意心血を注ぐメーカーはそうそうないということ。
Kurageの姿勢には、Kid’Oさんの心がそのまま投影されているのだな、と改めて思えた。