ラバーカルチャー解題

「意見には個人差があります」

 

ここ1年近くラバーから離れていて、ここ2ヶ月は癌治療と仕事の多忙さに忙殺されて最近のラバーのトレンドを熟知してるわけではない。
しかし、最近になり周辺事情や耳に入ることがことごとくバカバカしい話なので敢えてダラダラと書いてみました。
わたくし自身、ラバーについて特に何かを語れるほど秀でてはないし、単に19歳で初めてキャットスーツを手に入れ、まあ20年近く嗜んでいる程度です。

ラバーフェティッシュのトレンドはいままでに何度かちょっと熱を帯びたり冷めたりと人気の起伏があった気がします。
過去ばかり振り返っていても仕方がないし、未来志向であるべきですがそれなりに歴史のある文化ですからそもそもの成り立ちや広まり方などは知っておいて損は無いと思っています。
故にリテラシーが高い人は、そんなんわかっとるわいってものも含みますし説教臭いですが思うことあり文章を連ねますのでご高覧いただければ幸いです。

ラバーは発祥から発展(展開)に至るまでに、複数の欧州国を跨いだ歴史や文化背景、伝統もあるので少し難しくて、グローバルな価値観でいるひとからすると「楽しけりゃそれで良い」というのが通用しない部分もあります。
ですので「ああ、そういうの面倒だな」と感じる人も少なくないはずです。
ですが、この部分に価値の軸を置くかどうかで受け止め方が変わってくるので、改めてこういったものを学んでみて「同好の士はみんな一緒だ」というのは難しいだろうなと感じました。

完全に歴史的文化背景があって、例えばドイツのラバーカルチャーはイギリスのラバーカルチャーとはことごとく違うので、無理にくっつけても「よけいなお世話」と上手く馴染まないし、求めるものが違うから齟齬が生まれる。
深掘りすと時代様式的な服飾から軍装、刑具、懲罰具、階級社会制度、民族思想、BDSMなどが根底にあります。
故にお互いが興味を持ち合った者だけまずは交流してくのが現実的な本質だろうし実情だと思います。

そもそも日本のラバーカルチャーについては「ゴム着てセックスして良かったね」どまりが多い。まあ、それはそれで結構だと思います。否定も肯定もしません。
愉しみ方は十人十色いかようでも良いとは思いますが、何事も起源と発展のプロセスがあって現在に通じます。だから、そういう文化を軽んじるのは好ましくないという話をしています。
理屈っぽくて難しく考えがちですが、シンプルな話です。

ただ、繰り返しになりますが日本のラバーカルチャーは、ここまで停滞して発展性のない状態なので、高い理想を持つことは大変だと思う。
おまけにラバーのカルチャーは装飾やプレイだけでも体系化した様式や美学などあり複雑で、そこをすっ飛ばしまくったBASICのない日本ではこれ以上の急成長は見込めないと思う。
瞬間的に「わぁラバーおしゃれ♪ 着てみたい~」でちょっと広まるかも知れないですが、まともな基礎がないのですぐに萎むでしょう。

ラバーを性的フェティッシュとしてだけ追い求めたい場合、アツコやkurageを代表にして「フェチじゃない」と批判する人もいるだろうけど、クリエイター、ビジネス、ブランドとしてはもう既成化した盤面でやっててもその閉塞感から抜け出せない事実がある。
そもそもラバーが性的な意味合いだけでの狭義のフェティッシュである必然性もまったくないし、そこにクリエイターが興味を持つか否かは第三者が求められることでもない。
こういう表現嫌いだろうけど、クリエイターとしてイノベーティブさを求めチャレンジしているんだと思う。そうしないと「欧州製のお下がりと模造品」で終わってしまうから。

たとえ話になるが、イギリスとフランスだと伝統的なテーブルマナーがかなり違う。
スーツ類の仕立てが違う。言葉が違う。重視するものが違う。
そして、仲が悪いからとにかく逆のことをやりたい時代があった。
舶来文化を愉しむには世界の文化形成とか歴史とかちゃんと学んだほうがいいと思うんだ。
何故そうなってしまったかが良くわかってくるし、理解や楽しみが深まる可能性もある。教養も身につくでしょうしね。
とはいえ、これは強制するようなことじゃなく、もっと触れてみたい詳しくなってみたいという欲求が生まれたらすればいいことです。

理想的なのはそれぞれポリシーが交わることはないにせよ、一緒の場で揉め合わずそれぞれ気の合う人を見つけて楽しめるのが一番だと思う。
何事も一緒なのだけどね。

実際のところ前にゼンタイの人が揉めてたし、今度はラバーで揉め事があるような話がどこからともなく涌いてきてるようだけど、例えば関東と関西で揉めるみたいな話題がまことしやかに囁かれてるのかどうか知りませんが、まあノリの違いで合う合わないは当然あるでしょうけど、揉める意味がわからないですし揉める必要はないですよね?
そういうのは吹っ掛けたいひとが既成事実化しようとしているだけでしょう。

事実として、まずは自分が思い思いに楽しめばいいと思います。
そこから対人、それも多くの人と交流をすることになったときにお互いの意思や考えを尊重するべきです。それは絶対的なことだと思います、価値観を尊重し合うことは。
そもそも人道・倫理・筋道に問題がないのであればあれこれ騒ぐ話じゃないと思うし、単にバカバカしいだけだと思う。
なにか指摘があるのは「その場にそぐわない行動や振る舞い」として問題があるからで、闇雲に誰かが何かが悪いなんてことはそうそうないと思います。

理由ない潰し合いを吹っ掛けたところで誰のメリットにも成長にもならないしね。
そういう争いごとに火をくべて燃え上がる、つまり放火を喜ぶような人がいるのが一番危険でしょうね。だから、無理に仲良くする必要性はまったくないですがそれぞれの領域で迷惑かけずに仲間を見つけ愉しめられればそれが幸せなことなんだと思います。

繰り返しますが、トリックスターとして意味を持って引っかき回すのと、愉快犯・怨恨犯はまるで目指すゴールが違います。
無意味に揉め事を吹っ掛ける意味合いでの後者なら本当にくだらないしとても卑しいことだと思います。